非道な殺し屋頭領は、甘美な毒で花を欺く
「大事はないか……いや、あるな。すぐに足を冷やさなければ」
女が去ると、暁は竹串を袖にしまって、やさしい声音で椛を気遣ってきた。
さっきまで女を殺しかねない勢いだったというのに、あまりの変貌ぶりに椛の処理能力がついていかない。茫然と突っ立っていると、「おいで」と暁が椛の手を引いた。
まだ店には他の客もいるというのに、暁は彼らに目もくれず、椛を裏の庭の井戸へと連れて行く。それから椛を適当な庭石に座らせると、井戸の水で手拭いを濡らして火傷した足の甲にあててくれた。
「それほどひどい火傷ではなさそうだな」
患部を冷やしながら、暁がほっと息を吐く。どうやら本気で椛を心配してくれているらしく、そのことに驚いてしまう。
「ありがとうございます。あとは自分でできますから、暁さんは店に戻ってください。お客さんが待っています」
「客より椛のほうが大事だろう。勝手に待たせておけばいい」
「そういうわけには……さっきのこともありますし、このままではお客さんが店に寄り付かなくなりますよ」
「それもいいな。ずっと椛とのんびりしていられる」
暁が濡らした手拭いをあてなおして、にこっと笑う。その仕草に、不覚にも椛の胸がときめいた。
椛は暁のかりそめの妻。それなのに、彼はどこまで本気でその台詞を口にしているのだろう。
もし冗談なら、あまり椛の心を揺らすようなことはやめてほしい。
黒羽の赤鴉の暗殺のために与えられた期限は今日が最後。真夜中までに暁を仕留めなければいけない。
(それなら、今が絶好の機会なのかも……)
やさしく手当てしてくれる赤髪の旋毛を見下ろしながら、椛は懐刀を手で探った。
今の暁には隙がある。椛が躊躇さえしなければ、一発で仕留められなくても致命傷くらいは与えられるはず。
それなのに——
懐刀にあてた手が震えた。
いつものように、目の前に飛び散る赤い鮮血が脳裏をよぎるからじゃない。目の前の赤色がとてもやさしくあたたかく思えて、刀が抜けないのだ。