私は彼の所有物





「……さむ」



アトリエを出ると、本当に風邪をひいてしまいそうな寒さだった。
出る前に髪の毛を乾かしてきたけど、まだ濡れている感覚がする。
ケイさんはどんなに遅くなってもアトリエに泊まらせてくれない。
ましてや、玄関まで送るという事もしてくれない。



「……はぁ」



口から出てきたのはただの溜息。
ゆっくり歩いてアトリエから離れる。
パンプスのコツコツという音が虚しく耳に響いてくる。
その音が嫌でウォークマンを起動させ、イヤホンを耳に引っ掛けた。

ケイさんと出逢ったのもこんな寒い夜だった。
雨が降りそうな空だったのを今でも覚えている。
街を歩くとキャバクラのキャッチをされた事がある。
……誰にでも声をかけているんだろうね。
それとは反対に男性にナンパされた事は無かった。
だから、ケイさんに声をかけられた時は一瞬怯えてしまった。
“君さ、背中綺麗?”
とても不躾な一言だった事を忘れない。
カメラを首にかけて、真っ黒のスキニーパンツに白いニット。
今より少し長めの髪の毛に、今と変わらない死んだ魚の目。
独特のその雰囲気は芸術家特有のものだった。
“……いったいなんなんですか?”
“俺の写真の被写体になって”
強引なその一言。
“…無理ですよ”
とても嫌だった。
背中綺麗?だなんてセクハラじみた事を言う人に写真なんて撮らせたくない。
“隠し撮りさせてもらったけど君、最高に綺麗だよ”
< 11 / 12 >

この作品をシェア

pagetop