隣国へ売られた裏聖女は黒騎士様の病を治して国も繁栄させてしまったので、帰ってこいと言われてももう帰してもらえません

44 失いたくない幸せ

「お帰りなさいませ、ダリオス様」
「ただいま」

 クレアとの話が終わりダリオスが屋敷に帰って来ると、真っ先にセイラが出迎えた。

「クレア様はお元気でしたか?」
「ああ、セイラに会いたがっていたよ。腕輪の話も直接聞きたかったと言われてしまった」
「そうだったんですね。私もクレア様に直接お礼を言いたかったです」
「それは……はあ。そうだな、今度一緒にクレアのところに遊びに行こうか」
「本当ですか?嬉しい!」

 セイラがぱあっと目を輝かせて嬉しそうに笑うと、ダリオスは一瞬複雑そうな顔をして何かを言いかけたが、すぐに口を閉ざした。

(ダリオス様、どうしてそんな顔をなさるのかしら?)

 ダリオスが嫉妬心からクレアにさえセイラを会わせたくないということを知らないセイラは首を小さく傾げるが、ダリオスはそれを見て苦笑しながら、なんでもないよと小さく首を振った。





 その日の夜。セイラは寝る支度を済ませて、いつものように聖女の祈りを捧げていた。祈りが終わると、満足げに微笑んでベッドの端にゆっくりと腰掛ける。

(こうやってレインダムのために祈りを捧げるように、元ポリウスでも定期的に祈りを捧げに行くことができれば、瘴気や流行病を減らすことができるわ)

 父と妹がしてしまったことは家族として悲しいことだし、二人の今後を思うと胸が痛い。だが、そのおかげでセイラは自由に元ポリウスへ行くことができるのだ。複雑な思いを抱えたまま、セイラはほうっと小さくため息をつく。

(考え込んだところで元通りになるわけでも、何かが良くなるわけでもない。私は、私ができることをするだけ)

 正直、元通りになったとしても、結局は同じようなことになっているのではと思えてならない。何より、元ポリウスにいた頃より、レインダムでダリオスと共に過ごす日々や、聖女として役目を果たすことにこの上ない幸せを感じている。

 元ポリウスにいた頃も、聖女として国民のために役に立っていると思っていた。実際、ガイズやルルゥ、教会の牧師など多くの人たちがセイラを大切に思い、感謝してくれていた。だが、やはりそれでも裏聖女としてセイラは自分を押し殺すように、目立たないように、ただひっそりと役目を果たしていたのだ。

(別に目立ちたいわけでもないし、ルシアのように人々の前で堂々としていられるわけでもない。でも、私が私として存在しているとは思えなかったわ。私という人間がまるでいないことが当たり前のような、お前は影でいるべきなのだと押し付けられていたことが苦しかった)

 ダリオスに自分を押し殺す必要はない、セイラはセイラとして生きていていいのだと認められた時、本当に嬉しかった。そして、レインダムの聖女として隠れることなく役目を果たせることが、本当に幸せなのだ。

 この幸せを失いたくない。もう二度と、自分の存在を消すように生きていきたくはない。何より、ダリオスのために、レインダムと元ポリウスのために、聖女として力を奮いたい。セイラは両手を胸の前でぎゅっと握り締め、そっと瞳を閉じて思いを噛み締めた。

「セイラ」

 コンコン、とドアがノックされ、ダリオスの声がする。

「はい、どうぞ」

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