1度ならず2度までも君に恋をする
 デスクに戻ると、進行中の案件や競合商品についてのリサーチが始まる。コピーライターにとって、言葉を紡ぐ時間はもちろん大切だが、それ以上に膨大な資料やデータと向き合う時間が圧倒的に長い。

 今回プロモーションをする商品は、カカオの風味が際立つビターチョコレートだ。パッケージは深みのあるえんじ色。その重厚な色調が、いかにも大人の嗜好品といった高級感を漂わせている。箱の中の個数は決して多くないが、個包装から現れる一口サイズの小ささが、かえって一粒の価値を際立たせているように感じた。

 一粒つまんで口に運び、舌の上に乗せる。まず真っ先に広がるのは、凛とした苦みだった。体温で溶け出すにつれ、鮮やかな酸味が顔を出し、奥歯で噛みしめるとようやく控えめな甘みが追いついてくる。

 シンプルでありながら、一粒の中に複雑な階層が同居する飽きのこない味わい。私はこの重厚なパッケージと味の奥行きから、『媚びない大人の嗜好品』というコンセプトを導き出した。

 ひとたび仕事モードに入れば、周囲の雑音は遮断される。

 対象となる商品や、PRすべき本質と一対一で向き合うこの時間は、数ある工程の中でも私がこの仕事の中でも愛しているひとときだ。

 そうして資料集めとリサーチに没頭していると、背後から「お疲れ様」と声が掛かった。振り返ると、柔らかな笑みを浮かべて立っているその男性がいた。その人は以前の部署の上司佐久間(さくま) 亮介(りょうすけ)さんだった。

 私がクリエイティブ局に移ったのは二年前のこと。それまではストラテジック・プランニング局、通称ストプラに身を置いていた。市場調査や消費者分析を行い、ターゲットの選定からコンセプトの立案までを担う、戦略の要とも言える部署だ。
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