1度ならず2度までも君に恋をする
「佐野さんって…、今何の案件を抱えてるんですか?」


 ストレートな問いに、佐久間さんは微かに目を見開いた。
 だけど、すぐに困ったように眉を下げて苦笑いする。


「俺から話していいのかな。佐野が話すとも思えないけどさ」

「何を相談してもなんでもないとしか言ってくれないんです」


 食い下がる私の視線に、佐久間さんは観念したように小さく息を吐き、声を潜めた。


「…実はさ、今受けているクライアントが、佐野のキャッチコピーを強く希望してる」

「え?」

「佐野、書けないって言ってただろ。最初は断ろうとしたんだけど、今回はあまりに規模が大きすぎて、上が許さなかった。さらに厄介なことに、先方は佐野が書いたコピーでなければ、契約は白紙にするとまで言ってる」


 最近の彼が、あんなにも思い詰めていた理由。深夜までパソコンにかじりつき、手が震えるほど自分を追い込んでいた理由。そのすべてが、ようやく繋がった。

 書けなくなった自分と、それを許さず書けと迫る周囲の期待。
 彼が今、どれほど苦しい状況にいるのかを思うと胸が痛む。

 けれど同時に、一度筆を置いたはずなのに、それでもなお、人にあなたでなければと言わせることが出来るなんて、やっぱり彼は凄い人だと思った。


「佐野さんのコピーって、うちの資料室にもありますかね?」

「いろいろ他社のも集めてたからあると思うよ」

「…ありがとうございます」


 私は残りのラーメンを急いで食べ進めた。

 午後からの予定は、残っている事務作業を早急に片付け、資料室に籠る。

 私がまだ知らない、かつての真紘くん。人の心を震わせるようなものを書いていた彼のコピーを、この目で確かめたいと思った。
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