1度ならず2度までも君に恋をする
 静まり返ったオフィスで、一度タイピングの手を止めた。カバンから『ビター・ノアール』を取り出し、えんじ色のパッケージを丁寧に開く。姿を現したのは、鈍く光る一粒。

 それを指先でつまみ、そっと口に含むと、目を閉じ、溶けゆく感触だけに意識を研ぎ澄ませた。

 最初は、鋭い苦みが刺してきた。けれど、その奥からじわりと確かな甘みが顔を出す。

 この時、ありきたりなのかもしれないけれど、やっぱり私はこのチョコレートはご褒美でもいいと思った。

 他社製品との差別化として、精神を切り替えるスイッチという定義は、間違いなく正しいと思う。

 けれど、鋭い苦みと酸味が余計な思考を削ぎ落としてくれた後、最後にふわりと残るこの柔らかな甘さは、過酷な一日を乗り切った自分を肯定してくれるご褒美であってもいいはず。

 感覚なんて、もっと自由で、人それぞれでいい。

 佐久間さんが提示した緻密なデータも、冷徹な分析も、決して間違ってはいないけれど、私はこのチョコレートが持つ万能さをどうしても伝えたかった。

 大事な局面に立ち向かうために自分を追い込む峻烈さ。そんな局面を乗り越えた自分を静かに労う優しさ。矛盾しているようで、どちらも真実で、その狭間にこそ、この商品の本当の価値があるような気がした。

 私はもう一度モニターに向き直り『ビター・ノアール』に合う言葉を探し始める。
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