1度ならず2度までも君に恋をする
 すっきりした気持ちで、その日はわずかな残業だけで上がることができた。

 会議に向けての準備は着実に進み、この数日にはなかった晴れやかな気分でデスクに向かっていた。

 提出する案は、たった一つ。もしこれが通らなければ、その時は仕方ない。そう思えるほど、腹を括っていた。

 それは私の自己満足であり、身勝手なのかもしれない。けれど、私自身が「これでいいんだ」と納得できている。だから、このコピーで戦いたい。

 愛着の湧いた資料を指先でなぞっていると、背後から「森山さん」と声をかけられた。

 振り返らなくても、誰の声かはすぐにわかる。

 真紘くんだ。

 振り向くと、彼はいつもの無表情な顔でこちらを見つめていた。


「お疲れ様です」

「帰り際にごめん。進捗、どう?」

「納得のいくものは一つだけですが出せました」

「そっか」


 その「そっか」には、微かな含みが混じっている気がした。何かを言いかけて、喉の奥で押し止めているような違和感。

 真紘くんは、視線を泳がせるように軽く下に落とした。


「あ、の、どうかなさいましたか?」

「…なんでもない」


 嘘だ。彼がこんな言い淀み方をする時は、大抵何かを抱え込んでいる。それは、過去に隣にいた私が一番よく知っている。


「…今は就業時間ですか?」

「いや、退勤切ったでしょ」

「なら、真紘くん」


 その呼び名を出した瞬間、彼の目がわずかに見開かれた。

 周囲に誰もいないことを確認してから、あえて踏み込んだ。今の彼は上司として、部下の私に弱みを見せることはない。

 けれど、かつての恋人であった私になら、少しは本音を零してくれるのではないかと、そんな淡い期待に賭けた。


「…会社でやめて」 

「誰もいないよ。何か、話したいことあるの?」

「話したいことなんて…」


 否定する口調とは裏腹に、その言葉はどこまでも弱々しく響いた。
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