1度ならず2度までも君に恋をする
 顔を俯かせたまま動けないでいると、アスファルトの上を、薄い影がそっと這うように近づいてきた。

 その影を目で追っていると、突然柔らかな温もりに包まれる。

 彼は、私を壊れ物を扱うように、優しく抱きしめた。あまりに突然のことに、頭の理解が追いつかない。

 でも、そうだった。この人はこういう、ずるい人だった。

 突き放しては、こうして逃げられないように繋ぎ止める。その温もりのせいで、必死に堪えていた涙腺が緩み、目元をじわりと熱くさせていく。


「…ごめん」

「…何が」

「嫉妬です。ごめんなさい」


 さっきまであんなに強情だった彼が、あっさりと自分の非を認めた。

 許したくない、とそう思っているのに。

 それでも、ほんの少しだけ彼を愛おしいと感じてしまった。


「…何で嫉妬?」

「…佐久間さんじゃなくて、何で俺じゃないんだよって」


 そんな彼の声は、拗ねているようにも聞こえた。

 私はただ、仕事で尊敬している上司に、自分の書いたコピーを見てほしかっただけなのだけど、そんなことが彼にはどうしても許せなかったらしい。


「…仕事の事だし」


 精一杯の反抗のつもりでそう呟くと、真紘くんはゆっくりと腕の力を緩めた。

 至近距離で私を覗き込むその顔は、珍しく少し怒っているように見えた。


「昔からそうじゃん、何かあったらいつも佐久間さん」

「昔からって…」

「毎度何で…、そんなに俺は頼りにならないの?」


 絞り出されたその問いかけは、あまりに情けないのに、あまりに真っ直ぐだった。

 無表情の裏にこんな劣等感を隠していたなんて気付きもしなかった。ようやく表に引きずり出された彼の本音に、今度は私の方が言葉を失う。


「…こんな恥ずかしいこと、言いたくなかった。だから、忘れてって、言ったのに…」


 そう吐き捨てて、真紘くんは耐えられないというように顔を逸らした。耳の端がかすかに赤くなっているのが、周囲が暗くてもよく見える。

 あれほど私を傷つけた「忘れて」の正体は、冷たい拒絶なんかじゃなく、精一杯の虚勢だった。

 理由を知ってしまった今、怒りはどこかへ消え去り、代わりにどうしようもないほどの愛おしさが溢れた。

 見栄っ張りで、驚くほど不器用で…、そんな彼の人間臭いところが、私にとってはどうしようもなく愛おしい。
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