1度ならず2度までも君に恋をする
『…迎えに来てやれよ。この子が一緒にいたい相手は俺じゃないってわかってるんだよ。こっちも』

「何、言って…」

『でも、来ないつもりなら、森山が弱ってる所に漬け込む気。分かったら三十分以内で来いよ。来ないなら、本当に連れて帰って…、俺も本気出すから』


 電話口から漏れる佐久間さんの声は、いつもの温厚さも、余裕も欠片もなかった。低く、鋭いその響きが、どれほどの覚悟で仁菜を想っているか、痛い程ぶつかってくる。

 
(その方が、いいんだよな、って思ってたはずなのに…)


 自分よりも包容力があって、彼女を不安にさせない余裕がある男。

 俺みたいに素直になれず、上手く感情を表現もできない男と一緒にいるより、何もかも持っている佐久間さんの方が、きっと彼女を幸せにできる。そう、自分に言い聞かせてきたはずだった。

 けれど、再会した彼女はまだ佐久間さんの恋人でも何でもなかった。
 それが嬉しい様な、苦しい様な、複雑な気持ちだった。

 彼女は俺を想ってくれている。そう思っても、彼女が本当に困った時、当たり前に頼るのは、俺ではなく佐久間さんだった。

 佐久間さんの前での彼女は、俺といる時のように顔色を伺ったり、言葉を選んだりすることもない、彼女らしく自然体で笑っているように見えた。

 だから、手放そうとした。その方が彼女のためだと、自分に言い聞かせてきたはずだったのに…。


「…今、行きます」


 スマートフォンの画面を叩くようにして通話を切った。それから、手近なパーカーをひっ掴んで羽織り、家を飛び出した。

 今さら、こんな俺が会いに行ってどうする。
 どの面を下げて、彼女を迎えに行くのか。

 そんな言い訳や、行かないための理屈をすべて取っ払った。
 今はともかく一分一秒でも早く、彼女を迎えに行きたかった。
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