1度ならず2度までも君に恋をする
ちかくて、とおい
 私と真紘くんの関係は、未だ曖昧なままだった。

 あの後、幸せを噛み締めつつも、ふいに訪れた照れくささに耐えきれなくなって、一度帰宅し、それから今に至る。

 少し深呼吸してからクリエイティブ局のオフィスに入り「おはようございます」 と、挨拶を交わしながら自分のデスクへ向かう。

 大型案件の直後ということもあって、机の上はいつもより少しだけ整理整頓されていた。

 席に着いて真っ先にメールをチェックすると、海くんから『ビター・ノアール』のコマーシャル制作チームにプレゼンが通った、という報告が届いていた。

 画面の文字を見て、ようやくプロジェクトが本格的に動き出したのだと実感が湧いてくる。

 これから撮影が始まれば、局内のスタッフも数名が現場に駆り出される。そして、当然クリエイティブ・ディレクターの真紘くんも現場に張り付くことになる。

 彼がこのオフィスにいない時間も増え、少し寂しいような、…あの後の気まずさを思えば、少しだけ安堵している自分もいた。

 私はといえば、今回は現場に同行する予定はない。とはいえ、他に急ぎで抱えている案件があるわけでもなかった。

 案件がない間、コピーライターがすることは、最新のトレンドを追い、言葉の引き出しを増やし、他の案件のコピーを勉強の為に勝手に考えてみたり、他の手が足りてないところにヘルプに行ったり、溜まっていた資料を整理するような地味な事務作業をこなしたりする。
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