1度ならず2度までも君に恋をする
 会社を出て、駅に向かって歩き出す。

 隣を歩く彼。たくさんの会話があるわけじゃないけれど、この心地よい無言の時間は、五年前も今も嫌いじゃなかった。


「…あのさ」

「ん?」


 隣を見ると、彼は真っ直ぐ前を見つめたまま、言葉を慎重に選ぶように続けた。


「いろいろ、聞きたいことあるよね」

「…うん。そうだね」

「俺も、話したいことがある」


 ようやく彼から出た過去への言及に、胸のつかえが少しだけ取れた気がした。

 このまま曖昧に濁して、流されるように曖昧な関係を続けて行くのかもしれないと、どこかでそんな不安は感じていた。だけど彼はようやく、逃げずに私と向き合おうとしてくれている。


「でも、この案件が終わってから話したい」


 彼は一度足を止めて、私の方を向き直した。

 その提案に軽く首を傾げる。


「案件が終わってから?」

「うん。今は自分の気持ちを整理して、きちんと話したいけど、今はこの会社に来て初めての案件だし、集中したい。だから…、終わったら、全部聞いて」


 なんとも不器用で、彼らしい提案だった。

 本当は今すぐにでもすべてを打ち明けてほしいけれど、せっかく前向きになってくれた彼の事を考えれば、これ以上急かす必要も無いと感じた。


「わかった。待ってるね」


 私が頷くと、真紘くんはふっと安堵したように表情を和らげた。


「…ありがとう」


 彼との関係が今後どうなるかはわからない。でも、間違いなく過去に縛られなくて済む。それだけでも私達からすれば大きな進歩だった。
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