1度ならず2度までも君に恋をする
 最後の一言が紡がれるのと同時、あるいはそれよりも僅かに早くに、彼は私の手首を強い力で掴んで引き寄せた。


「あっ…」


 まだ、ゼロにはなっていない。カウントは終わっていないはずなのに、勢いよく彼の胸元に引き寄せられた。

 驚いて顔を上げると、そこには相変わらず無表情にこちらを見下ろす真紘くんと視線が交わる。


「…まだ時間前だよ」

「……そうだっけ」


 彼はそれ以上言葉を紡がずに、私の手首を掴んだまま改札を抜けた。ICカードが読み取り機に触れると電子音がして、私達はそのまま駅のホームへと吸い込まれていく。行き先は、彼の家の方向だった。

 帰りたくないと素直に言えない私も、帰したくないと素直に言えないこの人も、本当に面倒だと思う。

 ホームに滑り込んできた電車のドアが開くと、彼は迷うことなく中へと足を踏み入れた。車内を見渡しても空席は見当たらず、彼は私をドア横の壁際へと促すと、その前に立つ。

 掴んでいた手は、離されるどころか手に繋ぎかえられ、ぎゅっ、と軽く力を込めて握る。

 その後、彼が少しだけ体を寄せてくる。耳元に吐息が直接かかる程度の距離感。心臓の音も聞こえそうな程だ。


「明日、仕事だから…、少しだけ一緒に居たら送る」


 その「少しだけ」という匙加減が、一体どの程度のものなのか、いい歳した今の私達にも、正確に推し量れない。

 一度触れてしまえば、どれだけ理屈を並べても、お互いの熱が限界まで求めてしまうことを知っているから。
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