恋は手のひらの上で
「─────手?」

椎名さんは、自分の手を一度見下ろした。
それから、ゆっくりと私を見る。

「初めて言われました」

私は椅子に肘をついて、彼の手をじっと眺めた。

「すっごくね、いい手してるんです」

「どこが、だろう…」

「なんて言えばいいのかなー」

うまく説明できなくて、少し笑う。

「ちゃんとしてる人の手って感じ」

言ってから、首をかしげる。

「それから…、優しさがそのまま出てるし」

椎名さんは何も言わなかった。
その代わり、少しだけ戸惑ったように笑う。

「手を褒められたこと、ないかも」

「えー!他の人たちはいったいなにを見てるんでしょう!けしからん!」

同時に軽くテーブルを叩いたものだから、彼はちょっと目を丸くしていた。

「けしからんです!でも、見なくていいです。この手の良さは、私しか知らないってことですからね」

言って、また笑ってしまった。
我ながら、かなり頭が悪いことを言ってしまったなと自覚している。

笑いながら、ふと気づく。
椎名さんが、さっきからずっと同じ顔でこちらを見ていることに。

優しい顔。
でもちょっと困っているような。

「西野さん」

「はい?」

「今日のこと、明日、ちゃんと覚えていられますか?」

一瞬、思考が止まる。
それから私は、声を上げて笑った。

「なんてこと言うんですか!覚えてますよ」

「本当かな」

グラスをテーブルに置く。
私のワインも、もうなくなってしまった。

「覚えてますよ…。楽しかったもん」

そう言うと、椎名さんは少しだけ目を細めて、「それなら、よかった」と小さく微笑んだ。
そして、空になったグラスに視線を落とす。

「今日は、そろそろ帰りましょうか」


その声がやけに優しく聞こえて、私はまた少しだけ笑ってしまった。




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