恋は手のひらの上で
「─────高橋?」

顔を上げると、すぐ目の前に高橋がいた。

……近い。
いつもとは違う近さに、どこを見たらいいのか分からない。

空気が変わっていく。
胸の奥がざわついた。

「…どうしたの」

小さく聞いても、高橋は答えない。
ただ、私を見ている。

その目の中に、見たことのない色が混ざっていた。
高橋の顔が、少しだけ近づく。

その瞬間、頭より先に身体が理解した。
これ以上近づいたら。


─────たぶん、キスされる。
心臓が強く鳴る。


でも、体は動けない。
逃げたいわけじゃない。
止めたいわけでもない。

ただ、どうしていいか分からなかった。
思わず、ほんの少しだけ視線を逸らす。

高橋の目が、ほんの一瞬揺れた。
そして、はっとしたように動きを止める。

「……だめだな」

低い声がすぐそばで落ちた。

腕をつかんでいた手が、ゆっくり離れる。

「悪い。今の、忘れて」

ちょうどそのとき、エレベーターが一階に着いた。


< 124 / 228 >

この作品をシェア

pagetop