恋は手のひらの上で
慌てて体を起こそうとして、シーツが大きく動いた。
ガサッ、と音がする。

その瞬間、ソファの上で椎名さんがゆっくり目を開けた。
ほどかれた、仕事では絶対に見ることのない顔。
一瞬だけ、ぼんやりした表情だった。


それから状況を思い出したみたいに、視線が私を捉える。

「あ…」

思わず声が漏れる。

どうしよう。
どういう顔をすればいいのか分からない。
今、私はどんな顔をしているのか。


椎名さんはゆっくり体を起こした。
ソファの背にもたれていた体を前に傾け、同時にズレていたメガネを直す。

「…おはようございます」

たぶん、寝起きの声。

その声のあと、椎名さんはすぐにテーブルの方へ手を伸ばした。
私のスマホを伏せて、振動を止める。

「通知、ずっと鳴っていたので。起こしたら悪いかと思って」


メガネをかけたままの顔は、いつもの会議室で見る表情よりずっと無防備で、私はなぜか視線を逸らしたくなる。

「えっと…」

頭がうまく回らない。

「ここ…」

言いかけて、部屋を見回す。
落ち着いた色の家具、整った本棚、見覚えのない部屋。


「あの…、ここ、どこですか」

聞いた瞬間、椎名さんはほんの一瞬だけ間を置いた。
そして、淡々と答える。

「うちです」

「……えっ」

変な声が出た。

私の反応を彼は予想していたみたいに軽く息をついて、少しだけ困ったように笑った。

「昨日、西野さんをマンションまで送ったんですが」

そこまで言って、私の顔を見て様子を確かめる。

「オートロックで、入れなくて」

「あ…」

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