恋は手のひらの上で
紗英と麻耶は顔を見合せ、何かを言いたげにこちらを見ているけれど、なるべく目を合わせないようにした。


「椎名さん、もうお帰りですか?」

気づけば、麻耶はもう彼に声をかけている。

「あ、はい」

「あのー、ちゃんとアイロンかけてます?」

伸ばしても伸ばしても無理だったのだろう、私の渾身の力で掴んだシャツ。
目ざとい麻耶に見つけられ、彼はまた手のひらで伸ばしていた。

「はい、まあ」

曖昧な返事。
でも、顔も声も普通なのが椎名さんらしい。

椎名さんにちらりと視線を送られ、いたたまれない気持ちでいっぱいになった。


あんなに丁寧なはずの彼が、ものすごく雑に書類を重ねているのを見ると、一応動揺はしているらしい。
一刻も早く片付けて帰ろうとしている意図は見える。


その椎名さんの前に立った紗英と麻耶が、物珍しそうに彼を眺める。

「椎名さんって、何センチですか?」

「え?」

「東央ヘルスケアって独身多いですか?」

「いや、えっと…」

椎名さんが、一瞬だけ止まった。
ほんの少しだけ、困った顔。


それから視線が横に動く。
確実に私を見ている。

……助けてください。

声には出ていないけど、はっきり分かる。

私は思わず目を逸らした。

首を振る。
今は無理です。

まともに会話できる状態じゃない。

絶望的な顔になった椎名さんに、紗英たちはまだなにか質問をしている。
ちゃんとした返事が出来ていたかどうかは分からない。


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