恋は手のひらの上で
品質保証部長が腕を組んだ。

「目論見は悪くない。有効成分は?」

椎名さんが私を見る気配を感じ、バトンを渡された。
私はうなずき、付箋だらけの資料を開く。

「本製品はグリチルリチン酸ジカリウムを有効成分とし、肌荒れを未然に防ぐ設計です」

思っていたよりも、声は落ち着いている。

「さらにセラミドとヒアルロン酸で角層の水分保持力を高め、ナイアシンアミドでハリと透明感を補助します」

薬事管理室長がやや怪訝そうに言う。

「朝用、とあるが差別化は具体的には?」

私は一歩だけ前に出て、足元を踏みしめた。

「本製品は“潤す”ことを目的としていません」

一瞬の、間。
視線が一気に私に集まる。
分かった上で、なるべく聞き取りやすいような声でしっかりと意図を伝えた。

「守ることを目的としています」

会議室が静まる。

「昨今の空調環境、マスク摩擦、長時間の乾燥。働く女性の肌は常に外的ストレスに晒されています。本製品は肌に膜を作るのではなく、角層の水分保持力を高めることで、自ら守れる状態に整えます」

資料のグラフをスライドでも示して、この場にいる全員に伝わるように丁寧に言葉を選ぶ。

「空調下八時間の水分保持試験データ、マスク摩擦シミュレーション試験、いずれも有意差あり、です」


部長が眉を動かす。まだなにか、不服そうな顔だ。

「製造管理は?」

椎名さんが迷いなく即座に答える。

「原料は全ロット受入検査。微生物試験は外部機関とのダブルチェック。充填工程はクリーンルーム内、温湿度自動記録管理。医療機器水準のトレーサビリティを確保します」

矢継ぎ早に財務本部長が詰める。その目は厳しい。

「不具合発生時の初動はどうする?」

「二十四時間以内に一次報告、四十八時間以内に暫定原因報告。両社共同対応とします。ですよね、西野さん」

「はい。相違ありません」

打ち合わせなどはしていない。
でも、今この瞬間、私と椎名さんの呼吸は同じだと思った。

ぴたり、と重なる私たちの回答。

やたらと長く感じる沈黙が訪れる。


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