恋は手のひらの上で
戸惑う彼の瞳が、私の心を揺さぶる。
そしてまたまわりを見回して、そっとかがむとこそりと言う。

「この場面、誰かに見られたら俺がまずいです」

「…は、はい。すみません」

とっさに謝って、そして答える。

「あの、はい。の、飲みます。ワインが好きです」

動揺は一切隠せていない。
私は腕の中に抱えた資料の束をわけもなく持ち直した。

「西野さん。仕事の顔して」

「はいっ」

私が返事をした直後、向こうから廊下を歩いてくる二人の男性社員。
こちらを見ているのは、私にもよく分かった。

東央ヘルスケアの社員さんはよく見かけるが、どこの部署だとか、そういうのはまったく分からない。
社員証も首からかけている人もいれば、そうでない人もいる。

すれ違う時はなるべく挨拶はするようにしているが。


一人がすれ違いざまに、椎名さんと言葉を交わす。

「お疲れ様です」

「椎名くん、今日は定時で上がれそう?」

「今日は厳しいかな」

「そっかー。…あ、お疲れ様です」

声をかけてきた一人が、私に向けて挨拶をしてきたので「お疲れ様です」と会釈した。

「彼女が、朝比奈さんの?」

確かめるような響きで、椎名さんに尋ねている。

「はい。まだちょっと何点か確認したいことがあって」

「どーもー。いつも来ていただいてるみたいで。ご足労おかけしてます」

「いえ…」

一応返事はしたものの、後ろのもう一人が含んだような表情なのが、気にかかる。

「まだ終わってない話があるので、またあとで」

椎名さんは相変わらず穏やかな顔でそう言って、彼らに先に行くよう促す。
二人とも、去り際まで視線を残していった。


< 98 / 228 >

この作品をシェア

pagetop