俺が好きなのは、お前だ。~男友達の積年の片想い相手はわたしでした~
 じりじりしていた様子の妻は、とうとう、息子を追って走りだした。いってらっしゃいの言葉もないと来た。出かける前にキスをしてやりたかったのに。

 無駄に広い廊下を抜け、誠治は玄関で靴を履いた。使用人が磨いてくれるからいつも新品のように光沢がある。

 玄関を出ると外はまだ明るかった。家のなかにずっといたから分からなかったが。隔たれた空間は人間の視野を狭くする。

 雲一つない空が限られた誠治の視界に広がる。

 この空を、桜子(さくらこ)にも見せてやりたい。

 思えば、ここ数年を振り返るに、丸一日彼女が笑顔を貫いた日など、あっただろうか。

 愚問だ。

 帰ったら疲れ気味の妻を労ってやろうと思いつつ、彼は先を急いだ。


 * * *

 資本主義社会において、ひとびとは、支配する側と搾取される側の二つに分けられる。国民が市民権を得、また近代社会においてますます世論が重視され――情報が流通することにより、彼らの権力は一見増大したかのように見えるがその実はまだまだといったところ。所詮、国家権力に服従する側ではある。
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