俺が好きなのは、お前だ。~男友達の積年の片想い相手はわたしでした~
 彼を送り出すときの妻の声は、極めて穏やかだ。あの声を聞くたびに、こころがほぐれていくのを実感できる。

 同時に、期待に応えねばならないとも思う。

 一条誠治のなかにも勿論、父親としてのあるべき姿が生成されている。妻には優しく。必要以上に口出ししない。息子にも優しく、ときに厳しく。父親に対する理想像を、彼は妻の瞳のなかにも見つける。まだ幼い息子のなかには発見されはしないが。まあそのうちだろう。

 都度、彼は自分の態度を省み、以後の行動を微調整する。悪くはない作業だった。いや。幸福と言ってもいいプロセスだった。

 誰かの期待に応えることがここまで自分を幸せに感じさせるとは――。

 森博嗣の指摘した通り、『式』と名のつくものは決まって退屈で形骸的なものだ。誠治自身も結婚式は挙げたが、二次会だけでよかったとあとで思った。妻はウエディングドレスを着られたことに満足したようだったが。やはり、男性と女性との見解は異なる。

 一通りの人間に儀礼的な挨拶及びユーモアを交えた会話を済ませ、誠治は煙草を吸うために外に出た。すると先客。

 ……あまり、会いたくない相手だった。というのは――
< 154 / 259 >

この作品をシェア

pagetop