俺が好きなのは、お前だ。~男友達の積年の片想い相手はわたしでした~
 あれ以来、丈一郎は、綾乃が赤ちゃんを抱っこでベランダに連れ出してもなにも言わず。黙認している様子だが。綾乃が苦しいのは、夫の無理解。

 育児の大変さを理解してくれない彼の心理、なのだった……。

 ひとり。誰もいないのに、音を立てぬよう静かにガラスドアを開け閉めする自分が滑稽だった。ベランダに出るとクロックスのサンダルに足を入れ、

「よーしよーし。大丈夫だよ優ちゃん。ママがいるよー」

 声音に寂しさがこぼれ出てしまうのはどうにもならない。気丈に振る舞おうとするたび、自身や世間の求める理想の母親像と乖離した自分。突き放した丈一郎の態度。あたたかな実家――を、思い出してしまうのだった。

 とはいえ。

 実家も決して――過ごしやすかったとは言い難い。

 両親や兄夫婦はよくしてくれた。だが、問題は。

 母が、里帰り出産をする綾乃のためにとわざわざ雇ってくれた、ベビーシッターの人間だった。

 あのひとに悪気はないのだろう。だがその人間は。
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