俺が好きなのは、お前だ。~男友達の積年の片想い相手はわたしでした~
 ――わたしは、自由に動けるのに。

 ――けいちゃんとも、うまくやっていけてたはずなのに。いつもいつも。泣いてばかりで――邪魔しやがって。

 ベビーシッターですらも顔をひそめる難儀な赤子。おまえなんか。おまえなんか……、

 は、と綾乃は我に返る。自分は――

 やわらかな白い首に手を、伸ばしていた。

(なんてことを……!)

 自分のなかに生まれる感情の黒い塊に、彼女は当惑した。なんなんだ。なんなんだこれは。わたしは――

 なにを、しようと、していた?

 ――殺意。

 初めて、彼女のなかに生まれる感情であった。こんな感情、いままで誰にだって抱いたことすらないというのに。なのに。なのに……。

 綾乃は声を殺して泣いた。泣いているうちに娘同様疲れて眠ってしまった。やっと訪れた休息。静寂。だが。

 その時間は長く続かなかった。

 赤子が起きたわけではなく――ここちよい眠りを切り裂かれるようなおぞましい恐怖の感覚。夢を食いちぎられたかの苦しみとともに、目を覚ます。

 はっ、として彼女は優香の顔を確かめた。――寝ている。

 寝ている……。
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