声の王子様
1週間前
佐藤愛は中学の同級生の結婚式に参列した帰り道、親友の月島麗依とカフェでお茶をしていた。
「真美、綺麗だったね」
「本当だね~幸せそうだった。どうするよ、うちら」
「どうするって? 麗依はいるじゃないの、彼氏が」
「でも彼、まだ大学生だから結婚とか考えてないと思うんだよね。婚活しようかな」
「ちょっと! それじゃ可哀想でしょ! あの子、麗依のこと大好きなんだからさ」
「だけど恋愛と結婚は別じゃないかなー」
「そんなこと言わないであげてよ。あんな良い子なのに可哀想だわ」
「って私のことはいいのよ! あんたよ、愛! あれからもう4年だよ? そろそろ恋愛、解禁しても良いんじゃないの?」
「いいの~私には決まった彼がいるから」
「彼ってあれでしょ、AVの」
愛はジトッとした目で麗依を見た。
「大人向け乙女ゲームね」
「ものはいいようね」
「いいじゃん! 別に!」
「そろそろ3次元に行こうぜ~」
愛はスマホをささっと起動させて麗依の耳元にかざした。
『キミって本当に俺を狂わせるね。もう限界だよ……』
麗依がぶるっと震えた。
「ね?」
「ね?じゃないわよ!」
そう言って愛の眉間を小突く。
「声は実在するから3次元じゃないの」
小突かれた眉間を摩りながら愛は文句を垂れる。
「まったくいい加減、現実の男に恋しなさいよね」
「でも『愛君』を教えてくれたのは麗依でしょ」
3年前、愛は当時付き合っていた彼氏の浮気現場を目撃。
サプライズで彼の家に行ったところ、ベッドインしている彼氏と見知らぬ女性がまぐわっているところに遭遇した。
彼は反省するどころか愛をこっぴどく振り傷を残した。
見ていられなくなった麗依はたくさん出会いの場に愛を連れ出した。
「男を忘れるには男よ」
しかし色んな男性に会う度に元カレと比べて愛は凹んだ。
そんな時に麗依がハマっている乙女ゲームの話を聞いたのだ。
『愛している…君を』というスマホの乙女ゲーム。
「愛の言葉をたくさん囁いてくれるから肌が潤うわよ」
麗依に無理矢理、登録され何気なく始めた乙女ゲーム。
驚いたのが、ほとんどが濡れ場。
乙女ゲームというよりアダルトゲームのようだった。
そこに新キャラクターとして登場したのがリーガルという敵国王子という設定で、ちょっとSっ気の強いキャラ。
しかも、そこからボイスが各キャラにつくようになり、彼のサンプルボイスを聞いた瞬間、愛は恋に落ちたのである。
「あれは友人に紹介するとエピソードが読めるチケット10枚もらえたから教えただけなのに」
「そうだったの!?」
衝撃の事実にのけ反りそうになったが愛はこの乙女ゲームのおかげで今でも生きていけていると本気で思っている。
彼との恋愛を楽しんでいると元カレのことを忘れられると気が付いたのはすぐだった。
それから夜、思い出しそうになるとゲームを起動するようになった。
「なんで、そのキャラだけそんなにハマったんだろう」
「やっぱり声かな。そういえば最近、昔のストーリーも全てボイスがついたんだよ」
「そうなの!? それは知らなかった」
「麗依はすぐ飽きてからね」
麗依は豪快に笑った。
「声がね、いちいち予想を超えていてね。すごくセクシーでドキドキするの」
「ふーん。もう1回、別の聞かせて」
私はスマホで『愛君』を起動して1番、好きなセリフを聞かせた。
『君のことを好きで好きでたまらない。おかしくなりそうだ。俺の1部になってほしいほど愛している』
「おっも!」
「ちょっと! 麗依があんなにハマってたゲーム!」
愛は麗依に指さして怒りながら笑った。
「今、思うとハマっていた理由がわからないわ。現実でこんなこと言う男いないよ。目を覚まして」
そう言って愛の手をそっと握って落ち着かせるように下した。
「いいの! それよりどう!? 声よくない?」
「まあ確かになんかエロい声だよね」
「そうなの~!」
「なんつーか、腰に響く声って言うの?」
「そうそうそう! さすが! わかってくれるじゃない!」
愛は麗依が共感してくれたことが嬉しくて思わずデレデレした顔になった。
「まったくしまりのない顔ね」
麗依は呆れていた。
「これ、声優だれ?」
「それがわからないの」
「書いてあるでしょ」
「この人だけないんだよね。ネットで調べたら、この声優って顔も名前もすべて出してないんだって」
「ふーん」
麗依はすでに興味を失っていた。
愛はこのキャラクターに恋をしている。
(だから現実の恋愛はいらない。仕事をしてリーガル様と課金をして、それでいい。それで私の人生は充実している。そう思っていたのに……神様は意地悪だ)
数日後、朝から忙しい時間を過ごしていた。
愛が働いているのはテレビ局内のライブラリー室。
内線電話がなり、すぐさま取った。
「はい。ライブラリー室。はい、はい。え? ちょっと待ってください。もしもし? もしもし?」
一方的な電話が切られた。
「どうした?」
少々、ムッとしている愛に声をかけたのは、同じ部署の長野桃子。
愛より5歳年上で配属時から何かと世話を焼いてくれる愛にとって信頼できる優しい先輩だ。
「資料を指定されて、それをスタジオに持ってきてほしいと」
「またぁ? どうせ、報道でしょ?」
「はい。過去の台風の映像だそうです。いくつかピックアップしてって」
「わかった。一緒に探す。30本くらいあれば、いいっしょ」
「ありがとうございます」
こうして映像をUSBメモリに入れて、スタジオまで持って行くことになった。
「行ってきます」
「よろしくね」
スタジオは25階でライブラリー室は地下だった。
25階にはスタジオはいくつかあり、指定されたスタジオは1番端にある。
愛はエレベーターに乗り、「早く!」と長い道のりを足踏みした。
幸い誰も乗ってくることはなく、いつもより早めに到着できた。
エレベーターが開くと小走りで端まで行った。
途中、スマホを見ながら廊下に出てきた人に危うくぶつかりそうになった。
ギリギリで、さっとかわす。
「すみません!」
謝罪をしたが相手が顔を上げなかったので、気がついてないのだろうと愛はそのまま1番端まで向かった。
「ありがとう。助かったよ」
愛はディレクターにUSBを渡してエレベーターに戻った。
自販機を見つけて喉が渇きポケットに手を突っ込んだ。
「あれ?」
一気に顔が真っ青になった。
小銭が少し入る程度の小さな、がま口財布がないのに気が付いた。
「どうしよう」
どんどん青ざめていく。
あの財布の中には愛が自分で作ったリーガルのイラストをパウチしたものが入っているのだった。
こんなに愛が焦るのはもっともで、そのイラストというのがだいぶ際どいエクシーなリーガルものが描かれている。
クリスマスイベントでかなり課金してゲットしたものでダウンロードだけに飽き足らず肌身離さず持っておきたいとだいぶ縮小して作ったものだった。
「あ!」
その時、先ほど人にぶつかりそうになったことを思い出した。
愛はすぐさま、その場所まで戻るも何処にもなかった。
そのままスタジオの前まで自分がたどってきた道を探しながら戻ったが無駄足だった。
もう1度同じ道を探そうかと思ったが、ここに長くは居たくない。
もし誰かが既に拾っていて探しているところを見られては自分が財布の持ち主とバレてしまう。
愛は諦めてタイミングよく来たエレベーターに乗った。
うつむいてボタンを押した。
扉が閉まる寸前、誰かが乗ろうとしたので慌てて開くボタンを押す。