第4部 夜明けが世界を染めるころ、悪意の見える伯爵令嬢は王子の執着から逃れられない
そして――翌日。
事件は起きた。
王妃教育の場。
ガーデンの、ちょうど中央で。
……嫌な気配。
風が止んだ。
鳥の声も、遠ざかった。
世界が一瞬、呼吸を忘れたように静まり返る。
背筋を、氷の指先でなぞられたような感覚が走る。
どっち――?
視線を走らせた瞬間、
“それ”が見えた。
黒い靄。
垣根の奥で、ゆらりと揺れている。
まるで、こちらを覗き込むように。
次の瞬間、枝葉が不自然な音を立てて割れた。
姿を現したのは――
狼。
……いや、違う。
ただの獣なら、まだよかった。
だが、これは“生き物”の形をしているだけの、何か別のもの。
額に埋め込まれた紅黒い宝石が、脈打つように光る。
その光に合わせて、周囲の空気が歪む。
喉の奥が、ひくりと震えた。
脳裏に、嫌な記憶がよみがえる。
ガイルの研究室で見た、あの“失敗作”たち。
――魔女の雫で作られた、擬似生命体。
けれど。
これは、それよりも明らかに――異質だ。
動きが滑らかすぎる。
魔力の濃度が濃すぎる。
存在そのものが、まるで“呪い”の塊のように重い。
これは……。
「……魔宝獣?」
その名を口にした瞬間、
狼の瞳が、こちらにぬるりと向いた。
生き物の目ではない。
感情のない、深い闇の穴。
背筋が、ぞくりと震えた。