追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
「一旦出よう」
「え……でも、まだお父様へのご挨拶が」
「いい、無理するな。顔色が悪い」

 私の言葉を遮って告げた鵜ノ崎さんの声は気遣わしげで、は、と息が詰まった。
 私のための提案なのだと理解したら最後、どうしたところで罪悪感は増していく。

「すみません。普段とは違う緊張が抜けなくて」
「そうだよな、ごめんな。もっと早く気づいてやれれば良かった」

 ドレス越しの背に触れる手のひらは温かく、それに口調も仕事中とは違う。
 気を抜いたらその瞬間、見る間に顔がくしゃくしゃに歪んでしまいそうで怖くなる。

 優しくされるのは駄目だ。
 きちんと仕事だと思わせてくれれば、もっとうまくやれそうなのに――やってみせるのに、今日はどうしてもいつもの仕事モードに切り替えられない。仕事なのか仕事ではないのか、線引きが曖昧になった私は弱い。心の武装があまりにも中途半端で役に立たない。

 手を引かれるままロビーに出た。
 広々としたロビーには、ところどころにソファが設置されていて、空きもいくつか目に留まる。

 人のざわめきと熱気がそれなりに引いたその場で、私は深く息を吸い込んだ。
 そうしてから、会場内ではずっと呼吸が浅くなっていたかもしれない、とようやく気づく。
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