追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 周囲に居合わせた人たちも、話の内容が内容だけに気に懸かっているのだろう。
 あからさまに視線を向けてくる人こそ少ないものの、大半の人たちがこっそりと聞き耳を立てている様子だ。

 凍りついた場の中で、姫田さんはひとり、顔から血の気を引かせていた。

「えっ……あの、ひ、人違いです、あたし、そっ、そんなわけ」

 なぜそんな話になってしまったのか露ほども理解できないと言いたげに、「え」と「あの」のみを繰り返す彼女の隣で、酒巻さんもすごい目で姫田さんを見下ろしている。

 私も初耳だったけれど、酒巻さんにとっても寝耳に水の情報だったらしい。

「そうですか、珍しいお名前だから印象に残ってたんですが……というか、歩加の同僚でもあったんでしょう? そうだよな、歩加?」
「は、はい」

 急に話を振られてぎくりとしながらも、なんとか返事をひねり出す。
 話を合わせろ、と暗に言われている。そういうときの鵜ノ崎さんの、些細な表情の変化に乗せられた本心を、私はこの二年半でおおよそ読み取れるようになっている。

「なら、やっぱり人違いはあり得ないな。知り合いからは歩加の名前も出ましたし」

 困っている顔に見える。
 でも違う。鵜ノ崎さんは今、明らかに、心の中で悪い笑みを浮かべている。
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