追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 周囲から聞こえてくるそれは、パーティーの喧騒とは明らかに違った。
 ロビーの一角とはいえ、結構な数の人の目が私たちに注がれている。

 思わず拳を握り締めた。その拳に、鵜ノ崎さんの指が触れる。
 私を安心させたがっているような触れ方だったから、指にこもっていた力がふっと抜け落ちた。

「目立ってきたな。逃げるか」

 おろおろと動けずにいる酒巻さんを横目に、鵜ノ崎さんは私にだけ聞こえる程度の小声で囁き、手を強く引いてくる。

「に、逃げるって、お父様へのご挨拶は?」
「今日はもういい。柊木より俺のほうがボロ出そうだし」
「あ、ちょっと!」

 私の返事を聞き終わるよりも早く、周囲の人たちへそつなく会釈をしながら、鵜ノ崎さんは私ごとその場を後にする。

 注目されていた場所を離れると、人の視線は嘘みたいに引いた。
 強く引かれている手が熱くて、そのせいで息が乱れる。

 急ぎ足で、ふたり揃ってエレベーターに乗り込んだ。
 パネルを操作する鵜ノ崎さんの指をぼうっと眺め、前職の会社、いつの間にか想像以上にとんでもないことになっていたんだな、とようやくそんな感想がよぎった。
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