追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 ホテルの前に停まっていたタクシーに一緒に乗り込んで、ほどなく鵜ノ崎さんは行き先に私のアパートの場所を告げた。

 手は放してもらえなかった。
 こういうとき運転手さんって見て見ぬふりをしてくれるものなんだな、とか、酒巻さんってあれからちゃんと姫田さんを追いかけたのかな、とか、雑念ばかりがよぎって息が苦しかった。

 やがて、タクシーは見慣れた私の住まいの前に停まった。

 繋いでいた手を放されそうになった途端、私は自分から鵜ノ崎さんの指に自分の指を絡めた。
 どうしてそんなことができたのかは分からない。ただ、このまま次の出社日まで顔を合わせないなんて耐えられないと――今夜のうちに話さなければならないと、その気持ちだけで手を引いた。

「少し話しませんか。お茶、ご馳走しますので」

 鵜ノ崎さんがどんな顔をしているのかは、暗くてよく見えなかった。
 支払いを済ませ、無言を貫いたきりでタクシーを降りた彼の手を、私は再びきつく握って捕まえる。

 なにやってるんだろ私、と他人事のように思う。

 お酒に酔ったときの感覚に似ている。さっきの姫田さんの土色の顔が頭から離れなくて、私はまだ、あの瞬間の興奮に酔わされているのかもしれなかった。
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