追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 父にも伝えた。
 十年前、うずくまる柊木に手を差し出せなかったことを、俺は今さら死ぬほど後悔している。なんで十年前に柊木を好きにならなかったんだろう、とすら思う。

 柊木はなにも欲しがらない。なにをしたら柊木に近づけるのか、柊木が喜んでくれるのか、俺には分からない。
 だから今日みたいな事態になる。もうずっと、俺は盲目のまま柊木を追いかけ続けてしまっている。

 抱き締めた身体を、名残惜しくも放そうとしたそのとき、細い声が耳を掠めた。

「いいんです。あの頃のことは、本当にもう、どうだって」
「……柊木」
「苦しかったしつらかったのも本当なんですけど、今の私、十分満たされてるので。多分、鵜ノ崎さんが思ってるよりずっとです」

 ぎゅ、としがみついてくる指が震えている気がして、一度は放そうとした腕に再び力がこもる。

「鵜ノ崎さんのおかげです。あの頃の私も、やっと浮かばれた気がします」

 へへ、と笑う柊木の声が耳に甘い。
 それはきっと彼女の素の笑い方だ。もしかしたら柊木は今、二年前に酔って『仕事と結婚したい』と口にしたときと同じ顔をしているのかもしれないのに、怖くて確認できない。もし違ったらと思うと怖い。
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