追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
第6話 涎を垂らした狼に食べられるための

《1》

『笑いたければ笑ってくれていい』

 笑えるわけがなかった。それは私も知っている道だからだ。
 何度も歩いて、何度も傷ついた道。あなたみたいな人が、あれと同じ道を自ら進もうとするくらい私を好きだなんて、どうしたって素直には信じられない。

 あんなに甘いキスは初めてだった。
 それでも、やはり私が真っ先に抱いてしまう感情は〝怖い〟だった。

 お茶をご馳走してほしいと言い出した鵜ノ崎さんが、私の部屋から帰っていったのは、午後九時手前だった。

 本当に、彼は私になにもしなかった。キス以外は。

 お茶の用意をしている間も、隙さえあればキスばかりで、でもそれだけだ。
 キスをそれ〝だけ〟と言えてしまう自分が怖い。とはいっても、それ以上のことをされてもおかしくなかったのに――服の下にはセクシーなガーターまでつけていたのに、と釈然としない気持ちさえ残っている。

 お茶を淹れる合間にキスされたというよりは、キスの合間にお茶を淹れていたと言ったほうが正しかった。
 それでいて、鵜ノ崎さんは私が淹れたお茶を普通に飲んで、そのまま普通に帰ってしまった。玄関で見送った、その最後の最後にまでキスされ続けたのは事実だけれど、それ以外は本当になにもされなかった。

 ……いや、〝帰ってしまった〟ってなに?
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