追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 ……さすがに無理がある。屁理屈にもほどがある。
 そうと分かっているのに、私はその一線に縋るしかない。

 酒巻さんと姫田さんから受けた直接的な傷は、もう残っていない。
 鵜ノ崎さんが癒してくれた。そのはずが、追う恋に対するトラウマは、私の中でまだしつこく燻っている。

 鵜ノ崎さんを見送った玄関からしばらく動けずにいた私は、唇に残るほのかな痺れ――啄まれすぎてほんのり腫れたそこを指で包みながら、ふらふらとリビングへ戻った。

 お茶碗を片づけて、急須の中の茶葉も処分する。
 淡々と作業していれば次第に落ち着いてくるはずだと信じていたのに、さっきまでの非日常とキスの応酬がすっかり頭を占拠してしまっていて、落ち着きのない呼吸はなかなか元に戻らなかった。

 ひと通り片づけの済んだキッチンのシンクを眺め、さっさとシャワーを浴びちゃおうかなと考えを巡らせた、そのときだった。
 通話を知らせる着信音が、テーブルの上で鳴り響き始め、堪らず背中が跳ねた。

 鵜ノ崎さんかも、と急いでスマホを手に取る。
 表示を確認し、誰からの着信なのか理解した私の口からは、思わず「う」と呻くような声が漏れた。

 鵜ノ崎さんではなく、実家の母だった。
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