追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 夜、午後六時半手前。
 高らかに鳴り響いたインターホンが来客を告げる。無心で鍋に向き合っていた私は、背筋を強張らせながら、慌ててお玉をお椀の上に置いた。

 いい加減、覚悟を決めなければならない。
 いや、今日だけで一体何回覚悟を決めているのか私は、と震える吐息が漏れる。

「あー、あー。うん、はい、よし」

 昼から発声していなかったから、喉に異変がないか声を出して確かめる。
 身だしなみは問題ない。メイクも髪も、声の通りも大丈夫だ。大丈夫なはずだけれど、電話をかけた日中以上に緊張する。

 なにせ、鵜ノ崎さんと会うのはあのキスの夜以来だ。
 たまたまとはいえオンラインでの業務が続いていて、あれから私たちは一度も顔を合わせていなかった。誘うなら、明日が祝日の今晩しかないと考え、昼になけなしの勇気を振るって電話をかけたのだ。

「悪い。早く着きすぎた」
「だ、大丈夫ですよ。こちらこそ急なお誘いになってしまって……どうぞどうぞ」
「お邪魔しま……めっちゃいい匂いする!」

 玄関に足を踏み入れるや否や、鵜ノ崎さんは口元を押さえた。
 一度は部屋に通したことがあるにもかかわらず、私の緊張は最高潮だ。お茶のときだってどうしてあんなふうに自分から誘えたのかよく分かっていなかった。
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