追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
「ええと、その、酒巻さんには」

 決して広いとは言えないワンルームのテーブル、斜め向かいに座る鵜ノ崎さんの視線が、不意に鋭くなる。
 おそらく、話の内容にというよりは〝酒巻〟という名前に反応したのだと思う。

「鼻で笑われたんですよ、十年前に。もっとおしゃれな飯作れねえのかよって」

 へへ、と笑いが漏れる。
 実際、酒巻さんとの交際に関してはもうすべてが笑い話だ。長い間、呪いみたいに苦々しく胸に残っていたはずなのに、先日のパーティーでの一件を境にすっかり綺麗に気が晴れた。

 苦い思い出そのものは消えてなくなるわけではないけれど、より幸せな記憶で包み込んで隠してしまえるものなのだと、心の底から実感する。

「……柊木は」
「なんでしょう」
「運が悪すぎるんだよな、確かに」

 呆れ顔で告げられ、は、と目を見開く。

「『確かに』ってなんですか」
(せき)()先生もおっしゃってたから」
「あ」

 思わず口を押さえる。
 今の職場を私に紹介してくれたのは、大学の恩師の関屋先生だ。ただ、鵜ノ崎さんに私を紹介するとき、先生がどういうふうに口添えをしてくれたのかまでは聞いていない。
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