追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
「なん、でしょうか」
「言っていいことと悪いことがある。分かるか」

 ひゅ、と喉が乾いた音を立てて鳴る。
 低い声だった。怒らせてしまったのかも、と急速に血の気が引いていく。

「す、すみません私、余計なこと、……あっ!?」

 目を合わせていられずに深く俯いた途端、ぐ、と腰を引かれて声が跳ねる。
 その後は無言の彼にされるがままだ。片腕で抱き寄せられ、耳に唇を寄せられてから、長い指が私の首筋を甘く撫でる。

「お前さ」

 水を触った直後の鵜ノ崎さんの指はひどく冷たく、逆に私の肌の熱さが際立ってヒリヒリする。

「本当に油断しすぎ。俺のことはもう涎垂らした狼だと思ってたほうがいいぞ」

 低い声に滲んでいるのは、怒りというよりは焦りだった。私にはそう聞こえた。
 お前。初めてそんなふうに呼ばれた。それに、涎を垂らした狼……心臓が跳ねる。私は今日、私を狙う狼を家に入れている。それも自分から誘って。

 とんでもないことをしでかしている自覚が、次第にはっきりと浮き上がってくる。
 浮かれている間は麻痺していただけだ。懐かしさすらあった。この感覚は、恋をした私が一方的に相手を追っているときのそれに近い。

 けれど、止められる気はしない。
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