追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
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『はい、柊木です』

 仕事中と変わらない声だ。
 熱も湿度も感じない平らな喋り方に、安堵と苦々しさを一緒くたに覚えてしまう。

 退勤後にぴったり三コールで仕事の電話に出るんじゃねえよ、と当の本人の分際でたしなめたくなる。

「夜分に悪いな。明日の会議について確認が……あぁ、通話って大丈夫か今?」

 嘘だよ、声が聞きたかっただけ――なんて本心はとても明かせそうにない。
 かといって、うまく察してもらえないだろうかといった期待もない。柊木は元々その手の駆け引きに疎そうだし、なにより、俺は彼女が色恋沙汰を避ける理由を知っている。

『お気遣いありがとうございます、大丈夫です。それで会議の件というのは?』

 完全に仕事モードの声だな、と改めて思い知る。
 家に帰った後まで仕事のことを考えさせている申し訳なさと、声が聞けて良かったという浮かれた気持ちで、かなり複雑な心境だ。

 かれこれ二年あまり、自分はこの感情を持て余している。
 彼女の傍に他の男の影がないことに、今夜も深く安堵する。

 秘書の柊木歩加に気を取られ、ひとりで勝手に振り回され、頭を抱え続けて二年。

 鵜ノ崎(とう)()、三十一歳独身、コードネストコーポレーション代表取締役。
 初めて落としたいと願った女の落とし方が分からず、どこまでも苦戦を強いられている、追う恋の初心者だ。
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