追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 自分の両手が彼の大きな両手にまるごと包み込まれ、今、私たちがなんの話をしていたのだったか、唐突に思い出す。

『私は鵜ノ崎さんに弱みを握られた、という意味ですよね』
『そういうことだ。だから』

 腑に落ちた。理解してしまった。完全に。
 私は今、鵜ノ崎さんが私以外の誰にも頼めない、極秘のお仕事を頼まれている。その仕事の内容が、彼の恋人を演じること。

「分かりました。少し頭を整理したいので、シャワーを浴びてきますね」
「……は? 今?」
「えっ、はい。昨日浴びてませんよね、私?」
「……そうだけども……」
「それでは失礼して。なるはやで戻ります!」

 鵜ノ崎さんの意図を、完璧に理解してしまった。
 伊達に二年半も一緒に働いてきていない。私たちは以心伝心、今回も必ずや鵜ノ崎さんの期待に添った働きをしてみせる。

 そのためにも、まずはシャワーを浴びて、心身ともにすっきりするべきだ。

 昨晩から今朝にかけての大いなる失態も忘れてそう思い込んでいた私は、気づくことができなかった。
 着替えを手に脱衣所へ向かう私の背後で、鵜ノ崎さんがどんな顔をしていたのか。そして、私に事情を説明する鵜ノ崎さんの声がたびたびげんなりとしていた、その理由にも。
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