追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 腰を支えていた彼の腕に力がこもり、私の身体は簡単に抱き寄せられてしまう。
 顔が近づいてくる。うまく目を閉じられない。唇が、あと少しで触れそうなほどに近い。

 ――鵜ノ崎さんの好きな人って、誰だ?

 初めて真剣にそれを考える。
 だっておかしい。好きな人がいるのにこんなことを言ったりしたりするなんて。

『もう忘れて』
『俺は諦めが悪いから、まだ希望を捨てきれてない』

 鵜ノ崎さんは、〝忘れて〟とは言ったけれど、〝諦めた〟とは言っていない。
 彼に、仕事における敬愛以上の感情を抱くのは間違っている。なぜなら、敬愛に恋愛感情が乗ったら、その瞬間に今の幸せな生活は終わってしまう。

 好きになったら追いかけたくなる。私はそういう恋しかできない。
 だから、胸を満たそうとしている今のこの感情を、軽々しく認めることはできない。追えば嫌われると分かっているのに、追えるわけがない。

 私は、鵜ノ崎さんが体良く縁談を断るためのツールになるだけ。
 その前提が覆ってはならない。

 唇と唇が触れる、その寸前で、私はかろうじて鵜ノ崎さんの手を振りほどいた。
 息がうまく吸えない。浅い呼吸を繰り返す私の肌は今、信じられないくらい熱い。顔も無様に赤く染まっているに違いなかった。
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