追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 沈黙の後、父は『はぁ、それにしたってお前ねぇ』と控えめな溜息を落とした。

『付き合ってもないお嬢さんにああいう付き合わせ方をするのは良くないよ。不誠実だ』

 今度は、こちらが溜息を落とす番だった。
 ……バレている。〝不誠実〟という言葉を父が選んだのはおそらくわざとだ。現にその言葉が胸に突き刺さって抜けず、こちらは「仕方ないでしょう」と言い訳にもならない無意味な返事を漏らすしかなくなる。

『ったく。そんなに嫌だったのかい、鈴ヶ嶺さんとの縁談は』
「嫌でしたね」
『開き直るんじゃないよ、もう!』
「相手が鈴ヶ嶺家だからどうという話はしていない」

 淀みなく言い切ると、父は黙った。
 電話中の沈黙は好きではないが、ほどなくして、父が弱りきった声で降参を告げた。

『分かった、分かりました。けど大事なことはふたりでちゃんと話し合いなさい、というかちゃんと話をしなさい。本気なのは伝わったから』

 じゃあね、と半ば一方的に通話は切れた。
 事情はこれから母に、その後は順を追って兄たちにも伝わるだろう。面倒だ。その面倒を被ることで、不自由のない暮らしを約束されてきたにもかかわらず、いまだに俺は家族たちの常識を常識だとは受け取りきれずにいる。
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