追う恋はもうしたくない恋愛弱者の私、釣り合うはずのない敏腕ハイスペ社長に追われています
 怒ることと傷つくことはよく似ている。
 けれど、深すぎる傷のせいで、あの日の私は怒るまではできなかった。私が悪いのかもしれない、と揺らいで、理不尽に抵抗する気力をすぐに失ってしまった。

 その弱さには、十八歳という若さもきっと関係していた。でもそれも、大人になった今だから浮かぶ感想でしかない。

 洗面台の鏡を見つめながら、私は溜息を噛み殺す。
 顔色は起き抜けよりも良くなってきていて、ほっと胸を撫で下ろした。

 公衆の面前で引導を渡された、トラウマじみたあの瞬間の夢を、私は不思議と見ない。
 代わりに、酒巻先輩と姫田さんが結婚報告をしてきたりとか、今日みたいに旅行のお土産をわざわざ渡してきたりとか、そういう夢を見がちだ。

 あのふたりが今どうしているのか、まだ付き合っているのかもう別れたのかも分からない。
 そんな彼らの、ありもしない、起きてもいないできごとを、私はいまだに夢という形で見せられ続けている。実りがないどころか、心に暗い影を落としてくるような夢だ。

 でも、実はひとつだけ救いがあった。
 私の悪夢に、鵜ノ崎さんは決して登場しない。
< 9 / 30 >

この作品をシェア

pagetop