刺繍に込めた本当の幸福
「ルミナさん」と呼んでいたのか、それとも、もっと愛おしさに満ちた、甘い響きで呼んでいたのだろうか。

 思い出そうとするたび、脳裏に映るはずの情景が、冬の霧のように白く濁り、形を失っていきます。

 彼女を愛していたはずの「僕」という人間が、少しずつ別の誰かに変わっていくような、底知れぬ恐怖が彼を襲いました。

 そう思いなだらもシルヴァンは、机の上に置かれた、悲しくも優しい赤色をした、ハサミを見ます。
 それは「リンドウの涙」と「あんず色の夕日」「冷たい夜の風邪」を混ぜでてきた、不思議なハサミでした。

 このハサミで自分の影を切り、糸として縫い込むことで、魔法がかかると言う代物でした。

 思いを込め縫うことで、願いが叶えることができるのですが、影を切る行為に、残酷な代用がつきまとうのでした。

 それは自分の大切にている気持ち。ルミナとの記憶が少しずつ薄れて行くというものでした。
 シルヴァンは悲しげな微笑みを浮かべます。

「でも、彼女が喜んでくれるなら、それでいいんだ……」 彼はそう呟き、そっとノートを仕舞いました。

 ああ、僕の愛しいルミナ。君を幸せにしたい。君は幸せになるべきだ。

 そう思えば思うほど、現実は残酷に迫ります。 窓ガラスに映る自分の姿を見つめると、そこには冴えない、疲れ果てた表情の自分がこちらを見返していました。

 ルミナのあの息をのむような美しさに比べ、僕はなんてちっぽけで、冴えない姿なんだろう。

 シルヴァンはそんな自分の姿にそっと肩を落とし、ルミナを本当に幸せにするのは、きっと自分ではないのだろうと静かに首を振ります。

 そして、恋心の消えかけた胸の痛みに耐えながら、そっと店の灯りを消すのでした。
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