ひかるくんには何でも見えている
もしも何かできていれば
「お邪魔します」
「おお、天野さん。すまないな来てくれて。ひかるもおかえり」
ひかるくんの家の玄関を開けると、司郎さんがはかま姿で立っていた。
しかし、やっぱりひかるくんの目は、その司郎さんを見ていない。
「ただいま……」
「おい、ひかる。天野さんから一応メッセージで概要は聞いているが、何があったんだ」
「……それは……美沙さんに聞いてよ」
「ひかる!」
司郎さんの呼び止めを無視して、2階に続く階段を上がっていくひかるくん。
「……ごめん。少し、1人でいたい」
そう言って、足音と共に2階へ消えていった。
「――天野さん、本当に申し訳ない。この前と同じ奥の部屋で話せないかな」
司郎さんのため息が、深く玄関にこだまする。
***
「……そうか」
部屋に移り、わたしは家庭科室での火事の一部始終を話した。
すると、司郎さんが息を吐く。
「それで、ひかるは…………」
「あ、あの」
恐る恐るわたしは、声を上げた。
ひかるくん本人がいない場で、これを聞くのは、ちょっとずるいかもしれない。
でもきっと、わたしはひかるくんについて、知らなきゃいけない。
それが魔に関することなら、なおさら。
「白雪ちゃんから聞きました。ひかるくんの両親は――」
「ああ。……聞いちゃったか」
わたしの言葉をさえぎり、右手で顔をおさえる司郎さん。
「あ、ごめんなさい。その…………だから、ここも2人暮らしだったんですね」
わたしは周りを見回す。
外観と、ひかるくんや司郎さんの歩き回る音の反響から想像して、不思議なことがあったのだ。
この家は、2人で暮らすには広すぎる。
神社で使う物も色々と置いてあるらしい。それでも多分……空きスペースがある。大人2、3人は楽に過ごせそうなぐらいの。
お客さん用の空間なのかなと思っていたけど、過去に人が住んでいたなら、つじつまが合う。
「うむ。以前はここに、私と、ひかると、ひかるの両親もとい私の息子夫婦、4人で住んでいたんだ。神社のことは息子の輝夫がよくやってくれてなあ。妻のみどりさん――ひかるの母親も、色々手伝ってくれていたんだが、あの火事で……」
司郎さんの声が、少し震える。
多分、3年前に起きた火事のことを思い出してるんだろう。
もしも、その火事が。
「そのことなんですけど……やっぱり、火事の原因って……」
わたしがそこまで言うと、司郎さんは一度、口を固く閉じた。
思わずわたしも言葉を止める。
葉っぱが風でこすれる音だけが、かすかに聴こえてくる。
そして、絞り出すような司郎さんの声。
「……魔、だろう」
――そう、なんだ。
そんな気は、していたけど。
「実際は、もう私には魔を見る力は無かったから、ひかるの言葉と状況で判断しているのだがね。ただ、出火原因が全くわからず、心当たりも無く、かといって放火でもない、となると、やっぱり魔ぐらいしか思い浮かばない」
「ひかるくんは、魔を……」
「見た、と言っている。焼け落ちる倉庫の屋根に、はっきりと魔がいたと……」
司郎さんはあくまでひかるくんが見ただけ、と距離を取っている感じだったが、ひかるくんがまさか見間違いなんてしてないだろう、とわたしには確信があった。
わたしの聴力は、3年前にはもう今と変わらないぐらいだった。ならひかるくんの目も同じだろう。
魔は、もうはっきりひかるくんには見えていたはず。
――もしかして、その時もひかるくんは。
「助けに行こうと、したんですか?」
質問するわたしも、声が重くなる。
司郎さんだって当事者なのだ。ひかるくんがそうであるように、触れたくない話題でもあるだろう。
けど、ひかるくんがあれだけ落ち込んでる原因が、過去にあるとしたら。
一緒に行動するわたしは、やっぱりそれを知っていないといけない。
もし、それでわたしとひかるくんの関係が悪くなったとしても。
「……いや、あの時もともとひかるは、山の下の、神社の入口で祭りの手伝いをしていたんだ。火事を聞いたひかるが石段を上って駆けつけたときには、もう手遅れになるところまで火が強くなっていてな。消防隊員が放水をしていたが、文字通り焼け石に水だった」
下の道路から本殿や、この家があるところまでを結ぶ石段。
高さもあるしそこそこ急だ。3年前の、小4のひかるくんじゃ、今のわたし以上に登る時間はかかっただろう。
「それでも自分が助ける!って言って聞かなかったから、私が服の首筋の後ろをつかんで無理やり抑えた。そしたらひかるが、私にしか聞こえないような小声で魔がいる!と言って……」
ああ、今日の家庭科室と同じだ。
魔が原因で火事になっているのに、危険で入れない。
「ひかるは、それでずっと悩んでいたよ。『オレが早く魔を見つけて何かしていれば、両親は助かったんじゃないか』って」
「……ひかるくんの両親は、魔を見ることは」
「いや、できなかった。だから私も魔のことは教えていなかったし、ひかるに守り手の力があるとわかったときも私が直接教え、両親には話すなと釘を差していた。――そういう意味では、あの場で魔が見えた人間は、ひかる1人だった」
つまり、魔を倒せたのもひかるくんだけだった、ということになるわけで。
『早く他の守り手を見つけないと』
あの夜のひかるくんの言葉が、また思い出される。
それこそ、3年前にわたしがすでに守り手として一緒にいたら、もう少し早く魔を見つけることができて……
「ただ、仕方ないんだ。ひかるの視力がどれだけ良くても、神社の入口から山の上の倉庫があったあたりは見えない。木々が邪魔してしまうからな」
確かに。そんなことできたら、もはや透視だ。超能力者だ。
けど、それでもひかるくんは、自分が魔を見つけて倒せなかったことを、ずっと気にしている。
「ちなみに、司郎さんは守り手だった頃、障害物の向こうを見たりとか」
「練習してみたこともあるが、できなかった。だから多分、ひかるがどれだけ頑張ってもそういうことはできない。そこまでいったら、目が良いとかいう次元じゃない。――いや、もしかしたら」
そこで司郎さんは、天井に視線をやった。
2階にいるひかるくんのことを、見ようとしているのだろうか。
「それでもひかるは、透視を頑張ろうとしているのかもしれない……ただどちらにしろ、ひかるは責任を感じているのだろうな。最近はだいぶ立ち直ったと思っていたが……私もまだまだ、孫を見る目は足らんのか」
3年前、ひかるくんは魔が引き起こした火事で、両親を失った。
今日、ひかるくんは魔が引き起した火事で、昔から仲良しだった白雪ちゃんが危険な目にあうのを見た。
家庭科室の前で見た、ひかるくんの震えた足。聴いた声。
「トラウマ……」
その言葉が、思わずわたしの口から漏れた。
「だ、ろう。あるいは、自分の能力で両親を救えなかったことが、やはりずっと……」
うつむく司郎さん。
また、風の音だけが聞こえてくる。
――魔を倒したからといって、それで火事が収まるわけじゃない、というのはわたしだって分かる。
もう手遅れだと判断した司郎さんが、ひかるくんを止めるのは仕方ない、と思う。
悪いのは、魔だ。
ひかるくんも、司郎さんも、もちろんひかるくんの両親も、何も悪くない。
……けど、ひかるくんは、そう思ってない。