ひかるくんには何でも見えている
守り手は街を救う?
――守り手?
待てよ。
その言葉、つい最近どこかで……
あっ。
「もしかして、ゆうべ公園で叫んでたのって」
「ああ、やっぱりあれも聞こえてたのか。あの時カーテンが開いてた家は天野さんの家だったんだな」
じゃあ、あの2つの人影の片方が岩戸くんだったってことか。
って、カーテンが開いてたって、そんなの見えてたの?
ううん、それも気になるけど。
「なんで、あんな夜遅くに?」
「ああ、魔を倒してたんだ。……いや、倒しきれてなかったんだけど」
「……ま?」
「そう、魔法の魔」
……魔法?
「信じてない顔してるな。でもさ、天野さん」
岩戸くんは、わたしにぐっと顔を近づけてくる。
普段はわずかな心臓の音が、一気に大きくなる。木々のざわめきや小鳥の鳴き声が、かき消されそう。
そして岩戸くんは、わたしの顔の横に目を向ける。
「天野さんのその聴力も、充分魔法みたいなものだと思うよ?」
そ、それは。
わたしは思わず岩戸くんから視線を外してうつむく。
と、岩戸くんの両手が、わたしの両肩にぽんと置かれた。
「大丈夫、オレは知ってる。天野さんの聴力は、オレの力になるし、この上橋の街を救う力にもなる」
街を救う? そんな大げさな、というか。
「どうしてそんなことがわかるの」
「オレも同じだからだよ」
わたしが聞き終わらないうちに、岩戸くんが返事する。
有無を言わさない、声の力。
今まで、普通の人よりもずっとずっと多くの声を聞いてきたわたしだから、わかる。
岩戸くんは、冗談を言ってない。
本当にわたしの聴力を役に立つものだと信じて、協力を求めてきている。
……そのはずだ。
別に、岩戸くんの顔に見とれていたからそう思ったわけではない。
わたしの耳が、岩戸くんは本気だと教えている。
「同じ?」
意を決して、わたしは目を上げる。
そこには、にっこり笑った岩戸くん。
「うん。オレの場合は耳じゃなくて、目が良いんだけどな」
「目?」
「そう、目。例えば……」
岩戸くんはポケットからスマホを取り出し、メモ帳のアプリを開いてわたしに見せる。
「今、文字設定を最小にした。これで適当に文字を打って、そこの角からオレの方向に見せてよ。オレは向こうの角からその文字を読んでみせる」
えっ!
岩戸くんが指した向こうの角とは、体育館の入口へ通じるところの曲がり角。
わたしと岩戸くんが今いるのは、体育館の奥に近い方の曲がり角。
だから岩戸くんは、縦に長い体育館の、入口から舞台の奥までの間ぐらい離れた距離にある、スマホの文字が見えると言ってるのだ。
しかもわたしが普通の距離で見ても目が疲れそうな、小さい文字が。
そんな……いや。
それぐらい岩戸くんの目が良いのなら、確かにわたしの耳と同じだ。
普通じゃないぐらい、良すぎる。
「わかった、本当にできるのね?」
わたしが言うと、岩戸くんはうなずいて向こうの角まで走っていく。
わたしは近くの角まで来て、渡された岩戸くんのスマホを操作。
『岩戸くん、わたしの聴力について、何を知ってるの? 魔、ってなんなの? ゆうべのあれは、何だったの?』
何を打てば良いのかわからなかったので、とりあえず今のわたしの疑問を文字にぶつける。
そしてその画面を、向こうにいる岩戸くんの方向へ。
ここから見える岩戸くんは、豆粒みたいに小さい。
タッタッという足音は聞こえるけど、正直何かを持っていても気づかないだろう。
岩戸くんからは、わたしの持つスマホの字まで見える……?
と、岩戸くんの足音が止まった。
そしてその直後。
「ああ……そうだよな。まだまだ天野さんに話さなきゃいけないことたくさんあるよな。天野さんの聴力、魔のこと、ゆうべのこと」
岩戸くんの立っているあたりから、聞こえてくる声。
ほ、ほんとに見えてる……?
いや、まだわからない。
わたしは推測されないように、めちゃくちゃな言葉を打ち込む。
『ナポリタンオムライスクラムボン目覚まし時計エビフライ』
スマホを掲げたら、すぐ声が聞こえてきた。
「ナポリタンオムライスクラムボン目覚まし時計エビフライ……ふっ、昼休みだしお腹すいた?」
――本当に、見えてるんだ。
わたしが、ずっと遠くの音を聞くことができるように。
岩戸くんは、ずっと遠くの物を見ることができるんだ。
『岩戸くん、信じる。岩戸くんは、わたしみたいな力を持ってる』
そうスマホに書くと、すぐ岩戸くんはわたしのところに戻ってきた。
「とりあえず、オレのことを信じてくれてよかった」
「その目で、わたしの耳の良さにも気づいたってこと?」
わたしからスマホを受け取りながら、岩戸くんは答える。
「うーん……元々、すっごく耳が良い天野さんって子がいる、ってのはクラスのやつから聞いてたんだ。確信に変わったのは今朝、ゆうべのことを話してる子がいて、その子がトラックを止めて事故を未然に防いだのを見たときだね」
「あ、もしかして、わたしを見ながら名前は、とかつぶやいていたの、岩戸くん……?」
「ありゃ、気をつけてたのにやっぱり聞こえてたか。――うん、そうだよ。それで、普通に5組の教室まで行って呼んでも良かったんだけど、せっかくだし、遠くから声をかけてみたんだ」
「じゃあ、わたしを呼んだときは、1組の教室のベランダにいたの?」
わたしからだと、声は聞こえても、遠くて見えない距離。
でも、間に障害物がない限り、岩戸くんなら余裕で見える距離なんだ。
「そう。秘密の通信みたいで、ちょっとカッコよくない?」
岩戸くんが得意げな顔になるけど、いやいや、カッコいいの前にびっくりしちゃうよ……
というか声も一方通行だし。わたしから岩戸くんへは、さっきみたいに文字を岩戸くんの方向へ向けてあげないとメッセージを伝えられない。
まあ、それでも普通の人には見えない距離だから、周りに気づかれずメッセージを送れることには変わりない……のかな?
って、そんなことよりも。
「で、わたしを呼び出して、その、『守り手』だっけ?に誘おうとしたの?」
岩戸くんは、わたしの知らないことをたくさん知ってる。
魔ってなんだ。守り手ってなんだ。
わたしの耳の良さにも関わる話なら、聞かないわけにはいかない。
「ああ、そうだよ」
すると、岩戸くんの表情も真剣になった。
キリッとした目が、真っすぐにわたしをとらえる。
思わずわたしは息を止めてしまう。顔が熱くなるのを感じる。
王子様みたいな顔に見つめられて、女の子として、なかなか落ち着けない。
でも。
わたしは、これからの岩戸くんの話を、ちゃんと聞かなきゃ。
わたしは耳を澄ませた。
「じゃあ、天野さん、ちゃんと説明するよ……」
ガシャーン!