ひかるくんには何でも見えている
皆を守るひかるくん
明かされる魔の正体
「麦茶とコーラあるけど、どっちがいい?」
「あっ、ありがとう……麦茶で」
湯呑みに、岩戸くんが丁寧な手つきでペットボトルの麦茶を注いでくれる。
整った顔も合わさって、すごいサービスをされてる気分だ。はかま姿だけど。
――岩戸くんの家の中は、田舎のおばあちゃんの家を思い出させる昔の造り。
その一番奥の和室に、わたしは案内された。
「どうしたの? 緊張しなくていいよ、楽な姿勢になって」
「え、でも、別に」
「遠慮しなくていいよ。わかるんだオレ……その、人がどういう気持ちでそこにいるのかとか、なんとなくだけど」
顔が赤くなり、頭をかく岩戸くん。
赤くなっちゃいそうなのはこっちなのに。
「それ、心が読める、みたいな」
「そんなんじゃないさ。でもやっぱり、普通より多くいろんなものを見てる……見えちゃう、からかなあ。なんか、だんだんわかるようになったんだよ」
ああそれ、わたしと同じだ。
わたしも、たくさんの音を聞いてるうちに、その音にこもった、こめられた何かが感じ取れるようになってきた、気がするのだ。別に根拠とかなにもないのだけど。
「そう、なの」
「うんうん。だからオレ……ああ、この話は脱線しちゃうな。とにかくリラックスしていいよ」
そう言うと岩戸くんは、机を挟んだわたしの向かいによっこらせと腰を下ろす。
自分の湯呑みに麦茶を注いで自分で飲む岩戸くんの様子は、はかま姿であることを除けば、普通に家でくつろいでるように見えちゃう。
――ダメだ、また心臓の音が大きくなってきた。
やっぱり、ここは岩戸くんの家、男子の家なんだ。緊張しちゃう。
風で揺れる木々の音よりも、岩戸くんが麦茶を飲む音や、わたしがつばを飲む音の方が大きくなってくる。
そういえば、岩戸くん、さっき言いかけた話をやめたっけ。
脱線するって言ってたから、魔とか、守り手とか、そういうのに関することじゃないんだろうけど。
「あ……」
「今行くぞ、ひかる」
しかし、わたしが聞こうとした瞬間、さっきのおじいさんの声が聞こえてきた。開けっ放しになったふすまの向こう、廊下の奥から。
「ん?」
「ああ、おじいさんが今行くって、声が」
ただ、遠くだったから岩戸くんには良く聞こえてなかったらしい。
わたしが伝えてあげると、岩戸くんはわかりやすく姿勢を正した。
「ごめん天野さん、お待たせ。これから、いろんなことをちゃんと説明する。わかんないことがあったら、オレかじいちゃんに聞いてくれ」
***
部屋に入ってきたおじいさんは、岩戸くんと似たはかま姿。身長は岩戸くんよりは小さいだろうか。
年齢的にはわたしのおじいちゃんと同じぐらいかな。でも、足音はずっと元気そう。
「はじめまして。私はひかるの祖父、岩戸 司郎です」
おじいさん――司郎さんは、岩戸くんの隣に座ると深く頭を下げた。
「えっと……はじめまして、天野 美沙です」
わたしも頭を下げる。
司郎さんの声も、岩戸くん同様とても真剣だ。
「まずは、ひかるの言葉を信じて、ここまで来てくれてありがとう。ひかる、天野さんにどこまで話した?」
「えっと、オレの目が良いってこと、ぐらいかな。さっきも言ったけど、今日は昼休みにも魔が出たから忙しくて」
司郎さんが岩戸くんにたずねる。祖父と孫、って思って聞くと、確かにちょっと声が似てる。
「そうか、なら本当に最初から話さないとか」
司郎さんも、少し背筋を伸ばした。
つられてわたしも真剣モードになる。
昼休みの時みたいに、邪魔が入ることもないだろう。
今度こそ本当に、いろんなことが聞けるんだ。
「まずは、魔について。魔、というのは……わかりやすい言葉で言うと、呪い、というのが一番近いかもしれん。自然に発生して、負の感情を持った人間に入り込む」
「自然に……?」
「ああ。その辺りの詳しい仕組みは、私らにもあまりわかっていなくてな。あるいは、死者の魂がいつの間にか魔になっていた、という例もある」
「じゃあ、魔って、幽霊なんですか? 本当にいるんですか?」
やっぱりなかなか、素直には信じられない。
わたしは別に、お化けや妖怪のたぐいを絶対に信じない、ってほどじゃない。何しろ自分の聴力がちょっと現実離れしてるし。
でも、こうして具体的な話をされると、どうしても少しは疑っちゃう。
「幽霊、か。確かに普通の人には見えないし、そうかも。オレが見えるのも、この目があるからだし」
岩戸くんが自分の目を指さして言う。
「で、その幽霊……魔は、人や物に入っちゃうんだ。で、色々悪さをする」
「入る?」
とりつかれる、みたいなことなのかな。
「例えば、今朝あのおばさんの自転車が止まれなくなったのは、自転車に魔が入ってブレーキを壊したから。体育倉庫の床が崩れたのも、床に魔が入ったから」
「それ……ほんと? 怖くない、ですか?」
「怖いけど本当さ。現に、天野さんも聞いただろ? 魔の音、というか声」
あっ。
あの、『た……』みたいな途切れ途切れの声。
……え、じゃあもしかして。
「ゆうべわたし、『たすけて』って声を聞いたの。公園のところから」
「きっとそれもだ。多分、ゆうべオレが倒しきれなかったやつ」
「じゃあ、あのときは、岩戸くんが魔と……」
「うん。酔っ払いのおじさんに魔が入り込んできて、襲ってきたんだ」
わたしは、あの時聞いた音を元に想像する。
酔っ払ったおじさんが、何かにとりつかれている。
足をふらつかせながら、岩戸くんに向かってくる。
そのおじさんを、岩戸くんが、何かで撃退……?
「岩戸くん、大丈夫だった?」
「平気だよ。オレ、空手ずっとやってるんだ」
「魔が入り込んできても、人であることには変わりないからな。撃退するだけなら、誰でも可能だ」
司郎さんが説明を補足してくれる。
あの時、2つの人影があって、少ししてドサッという音がした。
あれは岩戸くんが空手でもう片方の人影を倒した音。
つじつまは、全部合う。