野いちご源氏物語 五一 浮舟(うきふね)
浮舟(うきふね)(きみ)のために新築(しんちく)中のお屋敷は、いよいよ内部の(かざ)りつけだけになった。
ただ、ここからが難しいところよ。
(かおる)(きみ)としては、引き戸の絵などもできるだけ豪華にしたい。
でも、有名な絵師(えし)に依頼すれば世間で評判になってしまう。
そこへ女君(おんなぎみ)が入ったら、「あぁ、なるほど。それで薫の君は張り切っていらっしゃったのか。いったいどんな人なのだろう」ということになるわ。

「世間に気づかれないように、うまく飾りつけてほしい」
と、薫の君は三条(さんじょう)(てい)の事務長に指示なさった。
ご自宅の事務長なら、こういう御用(ごよう)も気軽にお命じになれる。
それはたしかにそうだけれど、この事務長は、よりによって大内記(だいないき)義父(ぎふ)なの。
つまり薫の君のご指示は、事務長から大内記を通じて(みや)様に(つつ)()け、ということになる。

大内記は宮様に、
「お屋敷の絵は薫の君の部下が描くようです。特別に上手な人を選んだと義父が申しておりました」
とご報告した。
<もう屋敷の完成が近いということか>
宮様はお(あせ)りになる。

<姫がその屋敷に移ったら二度と会えない。私もどこかに家を用意して、薫の君が呼びよせる前にそこへ移してしまおう>
宮様は、地方長官の妻であるご自分の乳母(めのと)のことを思い出された。
<もうすぐ夫が地方に赴任(ふにん)すると言っていた。今住んでいる家は()()になるはずだ>
急いで乳母をお呼びになる。

「事情があって秘密にしている恋人がいる。その人をしばらく、そなたの夫の家に(かく)せないだろうか」
と宮様は相談なさった。
詳しいことはお話しにならない。
でも宮様がこれほど必死でいらっしゃるのだから、お断りするのは恐れ多い。
乳母夫妻(ふさい)は承知したわ。

家を用意できて、宮様は少しほっとなさる。
「三月末に地方へ出発するという話だから、家が空き次第(しだい)あなたを移すつもりです。この計画は、けっして薫の君に気づかれてはいけませんよ」
とお手紙だけお送りになった。
ご自身で宇治をお訪ねになることはできずにいらっしゃる。
山荘(さんそう)右近(うこん)は、
頑固(がんこ)乳母(めのと)が戻ってまいりましたので、そのご計画は難しゅうございます」
とお返事した。
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