野いちご源氏物語 五一 浮舟(うきふね)
お手紙をそのまま返してしまって以来、(かおる)(きみ)から新しいお手紙は届かない。
右近(うこん)がやきもきしていると、近くの薫の君のご領地(りょうち)から老人がやって来た。
荒々しくて田舎(いなか)くさい年寄りよ。
山荘(さんそう)警備(けいび)を薫の君から一任(いちにん)されている者ですが、こちらの女房(にょうぼう)に申し上げたいことがあります」
がらがら声で言うのを聞いて、あわてて右近が対応に出た。
他の女房には聞かせない方がよい話かもしれない。

「薫の君に呼ばれまして、今朝都へ(のぼ)り、今戻ってきたところです。薫の君はご機嫌(きげん)がお悪うございました。『山荘の女房のところに、深夜(あや)しい男が通っているようだ。()用心(ようじん)にもほどがある。そなたは何も知らなかったのか』と(おお)せになりました。

『この歳では体も動かず、私自身が警備(けいび)に出てはおりません。ですが、頼りになる男たちを派遣(はけん)し、しっかり働かせております。もしそのような()(とど)きなことが起きていれば、必ず私に報告があったはずでございます』とお答えしましたが、薫の君のご機嫌は直りません。『これまで以上に厳重(げんじゅう)に警備せよ。問題が起きたら、そなたには重い(ばつ)を与える』とおっしゃいましたから、私は恐れ入ったのです。
何か心当たりはおありですか。なければよろしいが、今後はいっそう夜間の警備(けいび)を厳しくいたしますから、あなた方もそのつもりでおられませ」

右近は恐ろしくなって返事もできない。
真っ青な顔で女君の部屋に戻ると、
「私の心配していたとおりになりました。薫の君はすっかり知ってしまわれたのです。それでお手紙もないのでしょう」
(なげ)く。

話をなんとなく聞いた乳母(めのと)はよろこんでいる。
「まぁ、ありがたいご配慮(はいりょ)だこと。このあたりは盗賊(とうぞく)が多くて危ないところなのに、夜の警備(けいび)手薄(てうす)だと思っていたのですよ。最初のうちは真面目にやってくれていたけれど、近ごろは代理(だいり)()()す人ばかりで。頼りにならない男たちが起きているのか寝ているのか、ろくに見回りもしないのだもの」
薫の君の深いご愛情だと浮かれているわ。
< 32 / 42 >

この作品をシェア

pagetop