野いちご源氏物語 五一 浮舟(うきふね)
<いよいよもう駄目(だめ)だ>
今に恐ろしいことが起きると浮舟(うきふね)(きみ)(ふる)えているのに、(みや)様からはひっきりなしにお手紙が届く。
「お心は決まりましたか。会える日が待ち遠しい」とおっしゃるのが、もう鬱陶(うっとう)しくなってしまう。

(かおる)(きみ)匂宮(におうのみや)様、どちらをお選びしたとしても()(ごと)になる。それが世間に知られれば、結局おふたりともお名前に傷がつくのだ。やはり今のうちに、私ひとりが死んでしまうのがよい。物語にだって似たような女君(おんなぎみ)がいた。生きつづければ苦しい目に()うことは分かりきっている。そんな命を()しいとは思えない。

母君(ははぎみ)はしばらく(なげ)かれるだろうけれど、幼い弟や妹がたくさんいるのだもの。忙しく世話をしているうちに私のことなどお忘れになるだろう。私が世間の笑い者になる方が、よほどお苦しめすることになる>
子どものようにおっとりとした女君に自殺なんて似合わないけれど、世間知らずに育てられた人って、ときどき恐ろしいことを思いつくのよね。

自分が死んだ後のことを考えて、匂宮様からのお手紙を処分(しょぶん)していく。
一度にすると目立つから、少しずつ破って、(あか)りの火で燃やしたり水に入れたりした。
何も知らない女房(にょうぼう)たちは、
<都へお引越しなさる前に、ご自分でお書きになったものを片付けていらっしゃるのだろう>
くらいに思っている。

侍従(じじゅう)ははっとして飛んできた。
「それは宮様からのお手紙ではありませんか。どうしてそんなことをなさるのです。恋文はその時だけのものではございませんよ。どこかに(かく)しておいて、しばらくしてから読み返すのが醍醐(だいご)()ですのに。しかもそんな美しい紙に、優しいお言葉がたくさん書かれているのですもの。破ってしまわれてはもったいのうございます」
「そんなことないわ。私は長生きできそうにないから、今のうちに処分しておいた方がよいと思うの。恐れ多い宮様のお手紙を誰かに見られてはいけない。それに、『他の男を選んだくせに私の手紙を持ちつづけていたのか』と思われたら、死んだ後でも恥ずかしい」
死のうとしていることに気づかれないように、浮舟の君はさりげなく答えた。

でも、さぁ死のうとすると心細さが強くなる。
<親より先に死ぬのは重い(つみ)だと聞いたことがある>
仏教に詳しくない女君でもそのくらいはご存じで、ためらってしまう。
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