野いちご源氏物語 五一 浮舟(うきふね)
暗闇に紛れて、いつものように目立たないところから山荘の敷地に入ろうとなさると、
「あそこに誰かいるぞ、誰だ」
という何人もの声が聞こえた。
宮様は驚いてお隠れになる。
警備の事情に詳しいお供がこっそり入ろうとしたけれど、その者も見つかってしまった。
<急に見張りが厳しくなったようだ>
お供はとっさに嘘をつく。
「都から急ぎのお手紙を届けにまいりました。女房の右近殿にお渡ししたい」
右近は宮様がお越しになったのだと気づいた。
お供には会わず、代わりに下働きの者から言わせる。
「今夜は山荘にお入りになるのは無理でございます。恐れ多うございますが」
たったそれだけの伝言をお聞きになって、
<あまりにそっけない>
と宮様はご不満でいらっしゃる。
「まず時方が山荘に忍びこめ。恋人の侍従と協力して、私をうまく中へ入れるのだ」
宮様の乳母子である時方は器用な男だから、警備の男たちを言いくるめて、なんとか侍従に会った。
侍従は言う。
「私にもよく分からないのです。薫の君のご命令だとか申して、突然夜の警備が厳しくなりました。姫様も苦しんでおられます。宮様に申し訳ないとお思いなのでしょう。荒々しい男たちですから、万が一宮様が見つかってしまわれたら大変なことになります。やはりお手紙にありましたとおり、二十八日の夜までお待ちくださいませ。その夜は必ずお手伝いさせていただきます」
小声で話しながら、近くで寝ている乳母を気にする。
近ごろめっきり眠りが浅くなったとぼやいているから、このひそひそ声でも目を覚ますかもしれない。
まして宮様が入っていらしたら、物音に気づかないはずがないわ。
それも伝えたけれど、時方は退かない。
「親王という恐れ多いご身分の方が、険しい山道を、姫君のためにお越しになったのです。そんな残念なことはお伝えできない。そなたの口から宮様にご説明しておくれ。私と一緒に宮様のところへ参ろう」
まさかそんなことはできない、と押し問答しているうちに、夜はどんどん更けていく。
宮様は馬にお乗りになったまま、少し離れたところで時方を待っていらっしゃる。
犬が集まってきて吠えるのが恐ろしい。
<ここに盗賊でも飛び出してきたら>
数少ないお供たちは、万が一を想像して震えている。
時方は侍従を山荘の外に連れ出した。
長い髪を体の前で抱えるようにして歩く侍従を、時方は馬に乗せようとする。
でも恐がって嫌がるので、時方は侍従の着物の裾を持ってやりながら進む。
侍従に自分の沓を履かせ、自分は供から沓とも言えない物を借りた。
やっと宮様の御前に着いたけれど、事情をご説明するにも宮様にお座りいただく場所がない。
目立たない場所に馬の飾り布を敷いてお席にする。
宮様はご自分でも情けなくなって、
<親王が何をしているのだ。女に夢中になったせいで問題を起こし、輝かしい将来を失うのだろう>
とお泣きになる。
多感な侍従は胸が締めつけられる。
親の仇だったとしても助けてさしあげたくなるような宮様のご様子なの。
宮様は涙を抑えておっしゃる。
「たった一言も話せないのか。どうして急にこんなことになったのだ。誰かが私のことを薫の君に知らせたのか」
侍従も詳しい事情は分からないけれど、とにかく山荘の警備が厳くなったことをご説明した。
それから、
「二十八日の夜にお待ちしております。姫様へのご愛情でここまでお越しくださったことに感激いたしましたから、その日は我が身を捨ててでも宮様のお役に立つ所存でございます」
と力強く申し上げる。
宮様はお供の目を気になさって、一方的に文句をおっしゃることはない。
「あそこに誰かいるぞ、誰だ」
という何人もの声が聞こえた。
宮様は驚いてお隠れになる。
警備の事情に詳しいお供がこっそり入ろうとしたけれど、その者も見つかってしまった。
<急に見張りが厳しくなったようだ>
お供はとっさに嘘をつく。
「都から急ぎのお手紙を届けにまいりました。女房の右近殿にお渡ししたい」
右近は宮様がお越しになったのだと気づいた。
お供には会わず、代わりに下働きの者から言わせる。
「今夜は山荘にお入りになるのは無理でございます。恐れ多うございますが」
たったそれだけの伝言をお聞きになって、
<あまりにそっけない>
と宮様はご不満でいらっしゃる。
「まず時方が山荘に忍びこめ。恋人の侍従と協力して、私をうまく中へ入れるのだ」
宮様の乳母子である時方は器用な男だから、警備の男たちを言いくるめて、なんとか侍従に会った。
侍従は言う。
「私にもよく分からないのです。薫の君のご命令だとか申して、突然夜の警備が厳しくなりました。姫様も苦しんでおられます。宮様に申し訳ないとお思いなのでしょう。荒々しい男たちですから、万が一宮様が見つかってしまわれたら大変なことになります。やはりお手紙にありましたとおり、二十八日の夜までお待ちくださいませ。その夜は必ずお手伝いさせていただきます」
小声で話しながら、近くで寝ている乳母を気にする。
近ごろめっきり眠りが浅くなったとぼやいているから、このひそひそ声でも目を覚ますかもしれない。
まして宮様が入っていらしたら、物音に気づかないはずがないわ。
それも伝えたけれど、時方は退かない。
「親王という恐れ多いご身分の方が、険しい山道を、姫君のためにお越しになったのです。そんな残念なことはお伝えできない。そなたの口から宮様にご説明しておくれ。私と一緒に宮様のところへ参ろう」
まさかそんなことはできない、と押し問答しているうちに、夜はどんどん更けていく。
宮様は馬にお乗りになったまま、少し離れたところで時方を待っていらっしゃる。
犬が集まってきて吠えるのが恐ろしい。
<ここに盗賊でも飛び出してきたら>
数少ないお供たちは、万が一を想像して震えている。
時方は侍従を山荘の外に連れ出した。
長い髪を体の前で抱えるようにして歩く侍従を、時方は馬に乗せようとする。
でも恐がって嫌がるので、時方は侍従の着物の裾を持ってやりながら進む。
侍従に自分の沓を履かせ、自分は供から沓とも言えない物を借りた。
やっと宮様の御前に着いたけれど、事情をご説明するにも宮様にお座りいただく場所がない。
目立たない場所に馬の飾り布を敷いてお席にする。
宮様はご自分でも情けなくなって、
<親王が何をしているのだ。女に夢中になったせいで問題を起こし、輝かしい将来を失うのだろう>
とお泣きになる。
多感な侍従は胸が締めつけられる。
親の仇だったとしても助けてさしあげたくなるような宮様のご様子なの。
宮様は涙を抑えておっしゃる。
「たった一言も話せないのか。どうして急にこんなことになったのだ。誰かが私のことを薫の君に知らせたのか」
侍従も詳しい事情は分からないけれど、とにかく山荘の警備が厳くなったことをご説明した。
それから、
「二十八日の夜にお待ちしております。姫様へのご愛情でここまでお越しくださったことに感激いたしましたから、その日は我が身を捨ててでも宮様のお役に立つ所存でございます」
と力強く申し上げる。
宮様はお供の目を気になさって、一方的に文句をおっしゃることはない。