野いちご源氏物語 五一 浮舟(うきふね)
匂宮(におうのみや)様がお越しになったことを、右近(うこん)女君(おんなぎみ)にご報告した。
この警備(けいび)ではとても山荘(さんそう)にお入れできなかったと言うと、女君はますます思い乱れる。
()してしまったところに侍従(じじゅう)が戻ってきて、宮様のご様子をお話しする。
女君は返事もしない。
(まくら)が涙で()れていくのを、ふたりがどう思うだろうかと恥ずかしい。

翌朝も泣きはらした目元を見られたくなくて、なかなか起きずにいる。
やっと起き上がると、女君はお(きょう)を読みはじめた。
「親より先に死ぬ(つみ)をお許しください」とばかり念じている。
いつか宮様がお描きになった絵を取り出して(なが)めると、そのときのお手やお顔が、すぐ目の前にあるような気がする。
昨夜、一言さえお話しできなかったことがいっそう胸に来る。

その一方で、(かおる)(きみ)のことも思い出す。
<あれほど将来をお約束してくださったのに。私が死んだらきっとお(なげ)きになる。自殺などという世間体(せけんてい)の悪い死に方をすれば、薫の君に嫌なことを言う人もいるだろう。それは申し訳ないけれど、私のことを世間が浮気女と笑うのがお耳に入るよりはましだ>
死よりも恥を恐れているのよね。
<もし自殺したとしても、どこかから秘密が()れて、浮気女だったという(うわさ)が流れてしまったら>
一番悪い想像をして悲しくなる。

間もなく死ぬのだと思うと、母君(ははぎみ)が恋しい。
いつもは思い出さない、異父弟(おとうと)異父妹(いもうと)までもが恋しい。
中君(なかのきみ)にだってもう一度お会いしたかった。
山荘(さんそう)では女房たちがお引越しの準備に大張りきりだけれど、そのにぎやかな声は耳に届かない。

夜になると、誰にも気づかれず外に出る方法を考えた。
一睡(いっすい)もできないまま朝になり、げっそりやつれた顔つきで、川の方をぼんやりと眺める。
<死に場所は、すぐそこにある>
自殺の方法は宇治(うじ)(がわ)への入水(じゅすい)と決めている。
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