野いちご源氏物語 五一 浮舟(うきふね)
眠いと言っていたとおり、右近はすぐに寝入ってしまった。
これではどうにもできないので、宮様はそっと戸を叩いてごらんになる。
右近が気づいて、
「誰ですか」
と聞く。
宮様は咳払いをなさった。
ある程度の経験を積んだ女房なら、そのお声でご身分の高い人だと分かるの。
でも右近には、誰のお声かまでは聞き分けられない。
<薫の君かしら>
起き上がって戸に近づくと、
「とにかくここを開けておくれ」
と、小さなお声が聞こえる。
「こんな時分にお越しになるのはめずらしゅうございますね。もう夜更けですのに」
「石山寺へお参りにいかれると聞いたから、その前に会いたくて急いでやってきたのだ。そうしたら途中でひどい目に遭った。早く開けよ」
薫の君の声をまねて宮様はおっしゃった。
右近は信じきって戸をお開けする。
「山道で恐ろしいことがあったのだ。着物が乱れている。灯りを暗くせよ」
震えた声でおっしゃるので、
<まぁ、大変。盗賊にでも出くわされたのかしら>
と、右近は灯りを遠ざけた。
「誰にもこの姿を見られたくない。他の女房を起こすな」
とっさの出まかせがお上手な宮様なのよね。
もともと似ているお声をさらに薫の君に近づけてまんまと右近をだますと、するりと部屋に入ってしまわれた。
右近は宮様をお気の毒に思って、自分もあまりお姿を拝見しないようにする。
お着物に焚きしめられた香りは、薫の君に劣らないほどすばらしい。
これも右近には区別がつかない。
宮様は浮舟の君の隣で横になられた。
「ご寝室へ行かれては」
と右近は声をおかけしたけれど、宮様は何もおっしゃらない。
仕方なく布団をおかけする。
寝ている女房たちを起こすと、皆を連れて奥へ下がった。
横になった女房のなかには、
「こんな夜更けにお越しくださるなんて、お優しいことですね。このありがたさを姫様は分かっておいでなのかしら」
などと言う人がいる。
「おやめなさい。夜のささやき声は響きますから」
右近は注意すると寝てしまった。
浮舟の君は、
<薫の君ではない>
とすぐに気づいた。
なんとか助けを求めたいけれど、宮様は声を出せないようになさる。
人目の多い二条の院でさえ無理やり近づかれたほどだもの。
こんな山荘では何の気がねもなくお好きなように振舞われる。
最初から別人だと分かっていれば、逃げることもできたかもしれない。
何が何だか分からないうちに、どうにもできないことになっていた。
やっと落ち着きを取り戻された宮様が優しくおっしゃる。
「二条の院で私のものにできなくて悔しかった。あれからずっとあなたのことばかり考えていたのだ」
相手が匂宮様だと気づくと、浮舟の君はますます恥ずかしくなる。
中君のことを考えると涙が止まらない。
宮様も、
<どうしたらまた会えるだろう。簡単にはいかない>
とお泣きになる。
これではどうにもできないので、宮様はそっと戸を叩いてごらんになる。
右近が気づいて、
「誰ですか」
と聞く。
宮様は咳払いをなさった。
ある程度の経験を積んだ女房なら、そのお声でご身分の高い人だと分かるの。
でも右近には、誰のお声かまでは聞き分けられない。
<薫の君かしら>
起き上がって戸に近づくと、
「とにかくここを開けておくれ」
と、小さなお声が聞こえる。
「こんな時分にお越しになるのはめずらしゅうございますね。もう夜更けですのに」
「石山寺へお参りにいかれると聞いたから、その前に会いたくて急いでやってきたのだ。そうしたら途中でひどい目に遭った。早く開けよ」
薫の君の声をまねて宮様はおっしゃった。
右近は信じきって戸をお開けする。
「山道で恐ろしいことがあったのだ。着物が乱れている。灯りを暗くせよ」
震えた声でおっしゃるので、
<まぁ、大変。盗賊にでも出くわされたのかしら>
と、右近は灯りを遠ざけた。
「誰にもこの姿を見られたくない。他の女房を起こすな」
とっさの出まかせがお上手な宮様なのよね。
もともと似ているお声をさらに薫の君に近づけてまんまと右近をだますと、するりと部屋に入ってしまわれた。
右近は宮様をお気の毒に思って、自分もあまりお姿を拝見しないようにする。
お着物に焚きしめられた香りは、薫の君に劣らないほどすばらしい。
これも右近には区別がつかない。
宮様は浮舟の君の隣で横になられた。
「ご寝室へ行かれては」
と右近は声をおかけしたけれど、宮様は何もおっしゃらない。
仕方なく布団をおかけする。
寝ている女房たちを起こすと、皆を連れて奥へ下がった。
横になった女房のなかには、
「こんな夜更けにお越しくださるなんて、お優しいことですね。このありがたさを姫様は分かっておいでなのかしら」
などと言う人がいる。
「おやめなさい。夜のささやき声は響きますから」
右近は注意すると寝てしまった。
浮舟の君は、
<薫の君ではない>
とすぐに気づいた。
なんとか助けを求めたいけれど、宮様は声を出せないようになさる。
人目の多い二条の院でさえ無理やり近づかれたほどだもの。
こんな山荘では何の気がねもなくお好きなように振舞われる。
最初から別人だと分かっていれば、逃げることもできたかもしれない。
何が何だか分からないうちに、どうにもできないことになっていた。
やっと落ち着きを取り戻された宮様が優しくおっしゃる。
「二条の院で私のものにできなくて悔しかった。あれからずっとあなたのことばかり考えていたのだ」
相手が匂宮様だと気づくと、浮舟の君はますます恥ずかしくなる。
中君のことを考えると涙が止まらない。
宮様も、
<どうしたらまた会えるだろう。簡単にはいかない>
とお泣きになる。