ひとつの月とふたつの太陽〜正しくない恋のやり方〜
「は? 何、お前。生意気だな」
上級生のひとりが掴みかかろうとした、
その瞬間――
「……う……ッ」
旭は迷いなく、その子の顔面に拳を叩き込んだ。
そのまま、悶えながら地面に倒れる男の子。
その旭の拳はほんのり赤く染まり、手に力がはいってるのが見える。
場にいた全員が息を呑み、呆然と立ち尽くした。
「てめぇ……なにしてんだよ! ふざけんな!」
リーダー格の男の子ともうひとりが襲いかかってくるが、旭は無表情に視線をあげただけで、一歩も引かない。
蹴りを放とうとした足を掴み、片方の足をかけて転ばせる。
続けざまに、殴りかかってきたもうひとりの腕を掴み、そのまま体当たりで押し倒した。
そして――リーダー格の男の子に馬乗りになった。
「お前が、最近ルウにちょっかいかけてる奴だよな?」
その子の胸ぐらを掴んだその時の旭は、
まるで、目の前の相手を"人として数えていない"みたいな瞳をしていた。
無機質で、澄んでいて、ぞっとするほど静かな瞳。
少なくとも、小学生の男の子がする目じゃなかった。
旭は、ためらいなく拳を振り上げた。
殴る直前ですら、表情は変わらない。
眉も、口元も、ぴくりとも動かない。
ただ、作業みたいに、拳を振り下ろした。
「……ぅっ、」
「お、おい!やめろ……!」
必死に止めようとする上級生の声が飛ぶ。
旭はまったく殴るのをやめる気配はない。
けれど、誰も近づこうとはしなかった。
一歩踏み出せば、
次は自分も巻き込まれる――
そんな予感だけが、場の空気を縛りつけていた。
赤く染まった拳が、規則正しく振り下ろされる。
リーダー格の男の子は、
腕を顔の前に出し、なんとか抵抗しているが、されるがまま。
私はただ、目の前の光景に釘付けになった。
その無慈悲な空気と、
冷たく相手を見下ろす無表情な旭の横顔が――
異様に綺麗で。
普通の子なら、恐怖で動けなくなるはずなのに、胸が高鳴って止まらなかった。
騒ぎを聞きつけやってきた周囲の子たちはその異様さに、完全に呆然として立ち尽くす。